『ア・コンプリート・アンノウン』の余韻にひたる日々。
映画では、ディランがウディ・ガスリーに会うためにニューヨークを目指すシーンから始まります。
ウディ・ガスリーはアメリカのフォークソングの元祖のような存在。代表曲の"This Land is Your Land"は、「カリフォルニアからニューヨークまで、この国はあなたの国であり私の国。私有地と書かれた高い壁が行く手を阻むけれど、壁の裏には何も書いていない」という歌詞が示すように、労働者や社会的弱者のための曲です。
村上春樹『意味がなければスイングはない』で読んだ曲作りのスタイルに感じ入りました。
スタインベックの『怒りの葡萄』を6分間の曲にしてほしいとレコード会社から依頼され、原作を読むのではなく映画を観る。タイプライターを持っていないのでピート・シガーから借りようとしたが、ピートも持っていなかったので友人から借用。ワインの大びんを抱えて床に座り、歌詞を書いてはギターで伴奏を付けて歌い、言葉を整えて完成形にしいてくのを繰り返し、朝になるとワインは空っぽで曲が完成。歌うたびに即興で歌詞が変わるというのはディランに受け継がれています。
意外だったのは、貧しい労働者のために歌うのに、自分の妻や子供はまともに養っていないという話。放浪しながら曲を作り歌うのがライフワークなので、家族といるときは良き夫、良き父親でも、ある日ふらりと旅に出て仕送りも送らないという鬼畜ぶりです。
その点、ピート・シガーは言行一致の人。
『ア・コンプリート・アンノウン』ではトシ夫人も存在感のある役として描かれていました。日本人の祖父がマルクスの書を翻訳したため父は亡命するしかなくヨーロッパへ出国。そこで出会ったったアメリカ人と結婚して生まれたのがトシです。ピートとトシ夫婦は常に寄り添い、反戦運動や環境活動に取り組みました。
ピーター・ポール&マリーで有名な「花はどこへ行った」はピートが作った曲。歌詞を慈しむように歌っていますから、ニューポート・フォークフェスティバルでディランが歌詞が聞き取れないほどの大音量のエレキギターをかき鳴らすのに耐えられず、斧でケーブルを叩き切ってやろうと思ったというのもわかります。
一方、ウディ・ガスリーは最後は遺伝性の神経障害のハンチントン病でニューヨークの病院に入院。本人はハンチントン病ではなくアルコール依存症だと主張していたとか。否認の病と呼ばれるアルコール依存症だと主張するほどハンチントン病は深刻な疾病だったのでしょう。ディランが彼を訪ねたのもこの頃です。
歌なんか歌わなくても、黙々と低賃金の仕事をこなしてぎりぎりの生活で家族を養った無名の人々のほうがウディ・ガスリーよりよほど立派。正論ですが、ウディがいなければボブ・ディランは誕生しなかったかも。禁酒やダイエット、規則正しい生活などの誓を立てては破ってばかりなので、言行が完全に一致している人生なんて息苦しいというのが本音です。

那覇には「琉球ドリンクラボ」「アルケミスト」という名の実験室のようなバーがあります。そのお店を作った方が那覇空港の「お酒の美術館」のカクテルも監修しているというので行ってみました。午前中なのでノンアルコールカクテルで終わらせるはすだったのが、沖縄のハーブの香りをレイヤーにしたジントニックも頼んでしまいました。ここでしか飲めない一杯を飲まなくて、人生に何の意味があるでしょうか。