翡翠輝子の招福日記

フリーランスで女性誌やビジネス誌の原稿書きを30年。現在はリタイア生活へ移行中。2023年秋、スペイン巡礼(フランス人の道)。2025年夏、ガルシア=マルケスの作品舞台となった地を一目見たくてコロンビアへ。ウラナイ8https://uranai8.jp/で活動しています。日本文芸社より『基礎からわかる易の完全独習』刊行。おかげさまで四刷になりました。

ア・コンプリート・アンノウンだから、好きなように歌える

『君の名前で僕を読んで』でティモシー・シャラメを初めて見ました。シャラメというファミリーネームはフランス語。ニューヨーク生まれですが父親がフランス人です。『レディ・バード』では、遊び人の男の子役。2作品しか見ていませんが、しっかり記憶に残りました。

 

そのティモシー・シャラメボブ・ディランを演じる『ア・コンプリート・アンノウン』。


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本物よりハンサムで歌も上手。ボブ・ディランは自作の曲を「こんなの、たいしたもんじゃない」と無造作に歌うのです。

 

これまであちこちで読んできたボブ・ディランのエピソードを映像化。歴史愛好家が大河ドラマを楽しむように、鑑賞できました。

 

 

映画の山場は、フォーク界の新星として熱狂的に愛されてきたディランがロックに転向するシーン。早くからディランの才能を評価していたピート・シーガーはニューポート・フォーク・フェスティバルでディランにエレキギターを使わないよう説得を試みました。しかしディランは大音量で3曲を演奏してブーイングを浴び、アコースティックギターで「すべてが終わった」とばかり「イッツ・オール・オバー・ナウ・ベイビー・ブルー」を歌います。

 

そもそもディランはフォークで社会改革なんて目指してなくて、時代の流れに乗っただけ。一人で手っ取り早くデビューするには、ギターとハーモニカがあれば完結するフォークが最適だったのです。レコードが売れてバック・バンドを使えるようになると元から好きだったロックに転向するのは彼にとって当たり前のこと。しかし、ディランのフォークに心酔していた世間は裏切られたと感じたのです。

 

芸能界での成功を夢見てニューヨークに出たディランでしたが、社会が求める歌手の役割を押し付けられて好きなように歌えないのは耐えがたいことだったでしょう。デビュー前の無名の状態(a complete unknown)を思い出して「ライク・ア・ローリング・ストーン」の歌詞を書いたのかも。このフレーズが映画のタイトルになっているわけですが、もう一つ、帰る家がわからない(no direction  home)もマーティン・スコセッシ監督が制作したディランの自伝映画のタイトルです。

ディランの歌詞が私の英語学習の原点。映画のタイトルになるようなフレーズを散りばめた歌詞を少しでも理解したいと思ったときから、高校の英語授業にも熱心に取り組むようになりました。

 

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ディランの言葉。

A man is a success if he gets up in the morning and gets to bed at night, and in between he does what he wants to do.
朝起きて夜寝るまでの間に、自分がやりたいことをやっている人は、成功者だ。

有名になって大金が入って来ても、好きなように歌えないのなら意味がない。

私にとっては、今こそディランの定義する成功者の日々なんだと胸に念じました。編集者に言われて書きたくもない原稿を書くことも少なくなりました。ただし、健康寿命はそのうち終わり、やりたいことを自力でやれなくない日が来るでしょう。その時まで、朝起きて夜寝るまで、好きなことだけで埋め尽くしたいものです。