日本に帰ったらあれもやりたい、これもやりたいと夢見ていたはずなのに、実際に帰ってみると、心ここにあらずの日々。スペインに過剰適応して、日本での生活が気の抜けた日々の連続のように感じられるのです。
朝起きたら、何も考えずにパッキングを済ませて歩き出すという巡礼の日々は、肉体的には苦しくても精神的にはなんと楽だったでしょうか。余計なことは何も考えなくて済むのですから。
そもそもスペイン巡礼を思い立った理由の一つは両親の供養です。
子供が親から最初に贈られるギフトは名前だと言われますが、私の本名は「明子」です。一つ上の兄は凝りに凝った名前なのに、どうして私はこんな平凡な名前にされたのか、女だから親の期待も小さかったのかとひねくれて考えたものです。
アメリカ人にとって「アキコ」という名前は発音しにくく、せめて読みだけでもちょっとひねって「メイコ」にしてくれたらよかったのにと思ったこともあります。Mayで説明できるからです。5月生まれかと聞かれたらそうではないので、ちょっと困りますが。
しかし、スペインではやたらと名前を連呼されていました。
スペイン語で「ここ」は"aqui"、発音は「アキ」。そこで「アキコ」という名前はスペイン人にとってとても覚えやすいのでしょう。世話人のオスピタレイロ、オスピタレイラは顔を合わせるたびに「アキコ、エブリシング、OK?」と声をかけられました。
日本語学校で教えていた頃も、やたら複雑な名前の学生は頻繁に呼ぶのをためらっていましたが、短くて呼びやすい名前だとほっとして、つい口にしていたのを思い出しました。
ちなみに、「そこ」は"ahi"(アイ)、「あそこ」"alla"(アヤ)ですから、アイコさん、アヤコさんもスペイン人にとって覚えやすい名前かもしれません。
そして、アメリカ人には三文字より二文字のほうが覚えやすいだろうから「アキ」と名乗っていたのですが、ある人が「"A key open to the door"の "A key"で覚えることにする」と言ってくれたのです。文字通り、ドアを開けるための鍵とも取れますが、新たな扉を開いたり新規挑戦のきっかけという意味もあります。
平凡で外国人には呼びにくい名前ではなく、こんな意味が付加されるとは。両親が亡くなる前に伝えられたらどんなによかったでしょう。
心をどこかにふらふら飛ばすのではなく、「ここ」にしっかりフォーカスすること。今の私に最も必要なことです。名前負けしないよう、気を付けなくては。
そして、心がさまようと足元が不安定になって転びます。あこがれのスペインにいるというのに日本の温泉をあまりにもリアルに想像して、転倒したことで身をもって学びました。