翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)、ビジネス記事翻訳。副業で外国人に日本語を教えていましたが、2019年3月で卒業。フィンランドが大好き。ウラナイ8所属。

人生の総決算をしてから死ねるか

メイ・サートンの本を読み始めました。老年期の日記が多いので、自分にはまだ早いかと思っていたのですが、あっというまに自分も老人の仲間入りです。

 

まず手にしたのが『総決算のとき』。60歳の女性を主人公にした小説です。

原題は”A Reckning”で、計算とか見積もり、請求書といった意味ですが、瑩山小説ではありません。

 

文芸編集者として充実した日々を送っているローラが、肺がんで余命2年を告げられて終活するというストーリーです。

 

ローラは医師の宣告を冷静に受け止めます。

がんは余命がわかり死への準備期間ができるから、がんで死ぬのが一番いいという医師の意見を読みましたが、私だったらここまで冷静に取り組めるだろうか。

たいていの場合、医者は長めの数字をいうものだから、長くても1年か。春があと1回、夏があと1回だかろうか。夫に先立たれて3人の子どもは独立。同居しているのは犬のグリンドルと猫サシャ。愛想のいいグリンドルは息子夫婦が貰ってくれるだろう、でも、人見知りで気性激しいサシャはどうしたらいいんだろうと思いを巡らします。

 

そして母。いつもその場の中心人物として娘たちをコントロールし続けた圧倒的な存在だった母は、娘のこともわからなくなった状態で施設に入っているのです。

ローラはそんな母に対して自分の死を自覚して死んでいくチャンスも与えられなくてかわいそうだと感じたりします。

 

「死ぬのは旅みたいなものだけど、一人ではできない。他人もそこに巻き込んでしまう」と考えるローラ。両親を送った経験から、私もそう実感しました。死後の後始末をまかせられるNPO法人と遺体の引き取りから遺産の寄付手続きまで公正証書を作成し、いつ死んでも大丈夫な状態になりました。

 

死を迎える瞬間にローラが一緒にいてほしいと願ったのは息子や娘ではありませんでした。子供よりも頼ったのが、ミナ叔母。外務官僚だった父の妹で、保守的なエリート一族の中での一匹狼。国際連盟女性有権者同盟の結成に関わり、ベトナム戦争時には反戦運動のリーダーとして活動した女性です。血縁の濃さにかわりなく、気の合う人、気の合わない人がいるのは当然です。

そして、青春をともに過ごした腹心の友エラ。夫との結婚生活は満ち足りていたけれど、帆本当に心を交わせることができたのはエラだったと思い至るのです。

『総決算のとき』がアメリカで出版されたのは1978年。不評だったのは、同性愛への偏見が強かったからでしょう。

 

最初は家に看護人を入れるのをいやがっていたローラですが、訪問看護婦のメアリー・オブライエンを全面的に信用することになります。名前からしアイルランド系で敬虔なカトリック教徒でしょう。ローラは典型的なWASPであまり信心深くなく神は不在だと考えています。

「神様を信じないのに、どうして死を前にしてそんなに勇気があるのか」と不思議がるメアリーに対してローラはこう説明します。

「神は信じない代わりに、自分が何かの一部、自分より大きなものの一部だって考えるようにはしているけれど」

「それが信じることですよ!」とメアリー。

 

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長崎の大浦天主堂

ローラと同じく私も信心深くありませんが、聖堂や修道院を訪れて神を信じるのはどういうことか想像します。