翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)、ビジネス記事翻訳。副業で外国人に日本語を教えていましたが、2019年3月で卒業。フィンランドが大好き。ウラナイ8所属。

開運の書として読むロビー・ロバートソン自伝

昨年、映画『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』を観たのに続き、ロビー・ロバートソンの自伝も読んでみました。  

 

雑誌で開運記事を書き続けてきた私は、あらゆる本を開運本として読む癖があります。

ザ・バンドの5人のメンバーで一番成功したとされるロビー。ドラッグやアルコールで身を持ち崩すミュージシャンだらけの70年代を生き抜き、美しく聡明な妻との間に子供が3人。ザ・バンド解散後は音楽プロデューサーとして活躍し、母国のカナダで勲章も授与されています。

母はモホーク系のネイティブアメリカンで、父はユダヤ人のギャンブラー。生まれる前に父が亡くなり、貧困家庭で母の結婚相手に殴られながら育ったという経歴からすると強運の人生と言えるでしょう。

 

ロビーの成功は第一に目上からの引き立て運によるものです。カントリー歌手のロニー・ホーキンスの目に留まり、16歳でカナダを離れアメリカ南部へ。熱心にギターを練習し曲を作ることでロニーのバックバンドのポジションを得ます。

 

次はボブ・ディランからの引き立て。

フォークからロックへ転向したディランは激しいブーイングを受けながらツアーを続けますが、ディランを護衛するかのように一緒にステージに立ち続けました。

 

ウッドストックに移住したものの、ザ・バンドがまだ売れていなかっため、個人で車を持つことができませんでした。ロビーは新婚の妻ドミニクがいて、ロビーがメンバーの車で迎えに来てもらいレコーディングに出かけると、家からどこにも出かけられません。

 

ある日、ビッグ・ピンクに向かう途中でボブが言った。

「きみとドミニクにもなにか足があったほうがいい。この青いステーションワゴンを1ドルで売ってあげるよ。新しいのがもうすぐ来るから」

メンバーとぼくはまだ食べていくのがやっとという状態だったから、これはまさしく天の恵みだった。ポケットに手を突っ込み、1ドル札を引っ張り出して彼に手渡した。彼はそのお礼を受け取って言った。「売った!」

すでに大スターとなっていたディランは車一台ぐらいプレゼントする余裕はあったでしょうが、単にあげるのではなく「1ドルで売る」というのが洒落ています。形だけでも対等の関係を築きたかったのでしょう。

 

四柱推命の講座では運気を最も大きく左右するのは人間関係であり、特に生活を共にする配偶者は決定的な作用をもたらすと習いました。

運のいい命式を持ち、大運の流れに恵まれていても、配偶者選びを間違えれば運気は低迷しますし、その逆もあります。

 

ロビーの場合は、結婚によってさらに開運しました。

ディランのヨーロッパツアーでパリに滞在した時に巡り合ったドミニク。同じカナダ人ですが、ドミニクはフランス系なので母語が異なります。高校も卒業せずに音楽業界に身を投じたロビーとジャーナリストのドミニクでは育った家庭や受けた教育もかなり異なっていたでしょうが、二人は意気投合して結婚。ドミニクの文学的教養がロビーの曲作りに大いに活かされ、子供も生まれたことからロビーはドラッグやアルコールを控えるようになります。

メンバーの中で最も美しい精神の持ち主だったと言われるリチャードはその反対。ガールフレンドができていい方向に変わるとロビーは期待したのですが、そうはいかず、ザ・バンド解散後に自ら死を選んでいます。

ベースのリックもドラッグがやめられず、日本ツアー中にアメリカにいる妻からヘロインを送らせ、強制送還。その二年後に亡くなっています。

 

リチャードとリックは、ロビーほど開運をもたらしてくれる妻と巡り合えなかったのですが、ドミニクのような女性と結婚していれば開運していたかといえば、それは人それぞれ。

婚活で世間的に条件のいい相手を射止めようとするのは大変ですが、自分だけに特化した開運相手を探すと競争率はぐっと下がります。そのためにはまず己を知ること。結婚相手が何をもたらしてくれるかより、自分が何を差し出せるか、それを最も喜んでくれるのはどんなタイプかを考えてみてはどうでしょうか。

 

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兄弟のような絆で結ばれた5人だったのに、運気がばらばらだったのでずっと一緒にはいられませんでした。
 

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