ウラナイ8で一緒に活動している杏子さんに誘われて、お台場の「チームラボボーダレス」に行ってきました。
アートにあまり興味がなく、自分から美術鑑賞に行くことはまずないので、ちょうどいい機会でした。
チームラボボーダレス、体験型美術館というのでしょうか、壁と床一面に画像が映し出され、人が触れることで花が散ったり蝶や動物が近づいたり逃げたりします。
館内の撮影も自由。思い思いに楽しめます。
ナイアガラの滝とかマチュピチュ、アンコールワットなど世界の名所もこれで再現してくれたらいいのに。高齢者の施設にこういうのがあったら認知症になっても楽しく生きていける、インド風、ネパール風など国別の瞑想ボックスを作ってみたらどうだろう…とどんどん発想が広がっていきます。
特に心惹かれたのがこの画像。
何かの動物の細胞が刻々と変化していくようで、タイの仏教修行の話を思い出しました。亡くなったばかりの死体が徐々に腐乱して蛆が湧き土に返っていく状態を観察しながら瞑想するとか。死体の写真集やスライドで目に焼き付けておいて、瞑想中にイメージすることも奨励されています。想像しただけで怖気づいてしまいます。本物の死体じゃなくてこういう映像を使う瞑想法があってもいいのに。
妄想はどんどん広がります。テレビの替わりにこれを映すサウナがあれば、悟りが開けるかもしれません。
瞑想やヨガをあれこれ試みましたが、私が行き着いたのはサウナトランス。サウナの熱と水風呂の冷たさ、外気浴を繰り返すことで脳がバグを起こし、自他の境界が消滅し世界に溶け込んでいくような感覚を味わっています。サウナ愛好者のいう「ととのい」ですが、外気浴でその境地に達しても、サウナ室にテレビがあると台無しです。肉体を離れて自由に飛び回っていたはずの心が、芸能人のゴシップやグルメ情報、あれを買えこれを買えというけたたましいコマーシャルによってたちまち現世に引き戻されてしまいます。特に狭いサウナで、対面に大音量のテレビが鎮座していると逃げようがありません。
杏子さんと一緒にチームラボボーダレスをさまよっているうちに、日常生活でリアルに目にしているものもテレビの画像、すべては同じなんじゃないかという気になってきました。
チームラボボーダレスの美しい映像は次々と消えては現れていきます。現世を謳歌しているセレブや旬のご馳走や各種お買い得品同じこと。美しく死化粧を施された遺体も、焼き場に運ばないと腐敗して朽ちていきます。
通い断食で身に付けたのはメタ認知。
飢えた状態で隣の駅の友永ヨーガ学院まで1日2回通うのは苦行でした。駅前にはマクドナルドやドトール、立ち食いソバなど食べ物の店がずらりと並んでいます。おいしそうな料理の写真に「食べたい!」とストレートに反応するのではなく、そういう自分のを別の次元から観察するのです。この方法でなんとか1週間を耐え抜きました(もう一度しようとは思いませんが)。
だったらサウナのテレビにもメタ認知で臨めばトランス状態を保てるのでは。芸術作品も下世話なワイドショーもすべては消えてしまうもの。これはだめ、あれがいいという選別は無意味。すべては幻想なのだから。