翡翠輝子の招福日記

フリーランスで女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)を担当し、リタイア生活へ移行中。2023年8月下旬からスペイン巡礼へ。ウラナイ8で活動しています。日本文芸社より『基礎からわかる易の完全独習』刊行。

村の鍛冶屋のように働きたい

テクノロジーの進化により、「なくなる仕事」のリストがよく出回っています。

オックスフォード大学で人工知能を研究しているマイケル・A・オズボーン准教授によれば、人間が行う仕事の約半分は機会に奪われるそうです。
gendai.ismedia.jp

先日も「歯科技工士という仕事も、3Dプリンターによってなくなる」という話を耳にしました。手に職を付ければ一生安泰とはいかない世の中です。

私が30年近く働いてきたフリーライターという職業も、なくなっていく仕事の一つでしょう。
ネットを使えば無料でありとあらゆる情報が手に入る時代、ギャラが支払われる原稿というパイは縮小する一方です。
それでも私が能天気に暮らしているのは、引退年齢とライター業の衰退がほぼ一致しそうな世代だから。もっと若ければ真剣に別の仕事を探していたかもしれません。

毎週、楽しみに聴いているボブ・ディランの「テーマ・タイム・ラジオ・アワー」。12月第三週のテーマは「仕事」でした。

ディランがDJを担当するこの番組は2006年から2009年まで、アメリカの衛星ラジオで放送されました。毎回、一つのテーマを選んで関連する曲をかけます。インターFMの放送では、ピーター・バラカンの解説がつくので大いに助かっています。

"I Can’t Work No Longer"をかけた後、ディランは「まもなく消えそうな仕事、あるいはすでに消えてしまった仕事」について語ります。
「牛乳配達、旅行代理店(最近はみんなオンラインで自分の予約をするから)、写植、ミシン、エレベーターやテレックスのオペレーター、ポラロイド工場の労働者…」とリストを読み上げていき、ほぼ消えてしまった仕事として鍛冶屋が挙げられます。
そして、ロングフェローの詩「村の鍛冶屋」を朗読。

詩人のディランが朗読するだけあって、「村の鍛冶屋」は心打つ詩です。

His hair is crisp, and black, and long,
His face is like the tan;
His brow is wet with honest sweat,
He earns whate'er he can,
And looks the whole world in the face,
For he owes not any man.
彼の髪は縮れて、黒く、長く
顔はなめし革のよう
額には正直の汗がにじみ
どんな仕事も引き受けて
全世界に顔を上げる
誰にも借りはないのだから

ミュージシャンとして好き勝手に生きてきたように見えるボブ・ディランですが、「労働」というテーマで番組を作り、こういう詩を選ぶ一面も持っているのです。

次の一節が特に美しいと思いました。

Toiling, rejoicing, sorrowing
Onward through life he goes
Each morning sees some task begin
Each evening sees it close
Something attempted, something done
Has earned a night's repose
骨折って働き、喜び、悲しみ、
人生を前へと進んで行く
毎朝、仕事を始め
毎夕、仕事を終わらせ
何かを試み、何かを成し
一晩の休息を手に入れる

こんな風に一日一日を積み重ねていけたら。
現実には、充足感が得られる仕事を得るのは、むずかしくなる一方ですが。

ディラン、こんな勤労賛歌の詩を朗読した後、「どんなことがあっても絶対に消えない仕事」を紹介します。
聖職者? アーティスト? 子供を育てる仕事? 

答えは、"male prostitute, escort"。
ピーター・バラカンは「ジゴロ」と訳していましたが、直訳すれば「男娼」、今の日本では「ホスト」がしっくりくるかも。
「話題にならないけれど、みんな相当いい暮らしをしている」とディラン。どこでそんな情報を仕入れたのでしょう?
そして、レイ・チャールズの"I'll do anything but work"をかけました。


ローリング・サンダー・レビュー時代のディラン。ネイティブ・アメリカンの祈祷師「ローリング・サンダー」にちなんだライブツアー。