翡翠輝子の招福日記

フリーランスで女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)を担当し、リタイア生活へ移行中。2023年8月下旬からスペイン巡礼へ。ウラナイ8で活動しています。日本文芸社より『基礎からわかる易の完全独習』刊行。

「旅先で何もかもがうまく行ったら、それは旅行じゃない」

JALカード会員誌AGORAに村上春樹フィンランドについて書いていると知り合いの編集者が教えてくれました。
うちには毎月AGORAが届いているのですが、うっかり見落とすところでした。

村上春樹の新作『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』にもフィンランドが舞台となったシーンがありますが、かなりのフィンランド好きのよう。
アキ・カウリスマキの映画は全部見たし、シベリウス交響曲全集は五種類も持っている。ムーミン・マグでときどきコーヒーも飲んでいる。ノキアの携帯も五年ほど使っていた」とあります。

フィンランドの旅について書いているのですが、1986年のヘルシンキ滞在では、9月の初めだったのに、早朝のジョギングの最中に冷雨がしとしと降り出し、ホテルに戻ろうとしたら道に迷い、更に悪いことにホテルの名前が思い出せないという最悪の体験をしたそうです。

今回の旅は穏やかな天候に恵まれたけれど、やはり悪いことは起こるもの。
カウリスマキ監督兄弟の経営するバー「カフェ・モスクワ」に行ったものの、従業員がいなくてビールが飲めなかったそうです。
すでに店にいたカップルに尋ねると「さっきまでいたんだけど、どこに行ったのかねえ」とのこと。
結局、村上春樹はビールを飲めないまま、店に飾られているマティ・ペロンパの遺影の下で記念撮影をしただけで店を出たとあります。

そういうわけで、「旅先で何もかもがうまく行ったら、それは旅行じゃない」という村上春樹の哲学のようなものが紹介されているのですが、3年前、カフェ・モスクワでビールを飲んだ私はかなりラッキーかも。

日本を訪れるカウチサーファーたちを見ていると、村上春樹の哲学をしっかり実践しているタイプが多いようです。
成田に到着したカウチサーファーを旅の初めにホストして、日本各地を回ったあとに再びホストして、サヨナラパーティーを開くのが、私の理想のスタイルです。
だから「いつ東京に戻って来る?」と心配症の母親のようにスザンヌやユハナ君に聞いてしまいます。しかし、返事は「うーん、はっきり決めてないから、後でメールする」。スケジュールを全部決めてしまうと、パッケージツアーみたいになってしまいますものね。

私もそうありたいものですが、そこまで肝が据わっていません。
旅行はまだ2ヶ月先なのですが、最初のホスト、編集者のエリカの家に泊まる日はもう決めました。というのもエリカの一家が8月にはバカンスでスペインに行くというので、私のフィンランド行きはその後にしたのです。

初日は午前11時に成田を発ち15時20分にヘルシンキ到着予定です。時差ボケでかなり眠たいでしょうが、なんとか日が暮れる前に市の中心部に行けるでしょう。
マイヤちゃんは成田からいきなり我が家に来て、挨拶もそこそこに布団を敷いて眠らせましたが、若い女の子ならそれも愛嬌です。私はそういうわけにもいかないので、初日はヘルシンキ中央駅近くのホテルを予約しました。

エリカにそう告げると「だったら、空港まで車で迎えに行ってホテルまで連れて行ってあげる。バスは疲れるし、タクシーは高いから」。
日本好きのエリカは日本人旅行者をホストすることに舞い上がっているようですが、これはやりすぎです。
ヘルシンキは2回目だから大丈夫」と丁寧に断りました。
「観光的なものでなく、日常生活が見たい」とリクエストしたので、森でキノコやベリーを摘んだりサウナに行くことに。彼女の職場である出版社にも連れて行ってくれるそうです。そしてフィンランドの教育に興味があるなら、息子の先生に頼んで学校を見学できるようにするというのですが、そんなことが可能なのでしょうか。

エリカの次はスザンヌ。エリカの家は郊外で隣は森。お嬢さんの高校卒業パーティに60人を招くほどの大邸宅のよう。スザンヌの住まいはルームメイト3人でシェアしている広めのフラットです。猫もいるというので楽しみ。「これは猫です」「猫は椅子の上にいます」というフィンランド語がやっと使えそうです。

スザンヌの次はマイヤちゃん、そして西の街、セイナヨキに住むアン姉さん。一人暮らしの男の子、ユハナ君のフラットに泊めてもらうのはちょっと過激なので、ランチかビールを一緒にということに。
みんなそれぞれ仕事を持っているのですから、行き当たりばったりではなく、事前にスケジュールを調整する必要があります。そうなると、ほとんど予定が埋まってしまいそう…。

それでも、やはり予想外のことは起こるでしょう。ハプニングが起こったら、それも旅の一部だと楽しむことにします。


カフェ・モスクワ。「暗くけばい六〇年代風の内装から、ジュークボックスに貼られた偏執的な選曲リストから、すべてがカウリスマキ趣味で成り立っている。このバーの基本的経営方針は『冷たいサービスと、温かいビール』ということだ」(村上春樹