見逃していた2009年の映画「アンヴィル! 夢を諦めきれない男たち」をレンタルショップで発見。胸に迫るものがあり、繰り返し観てしまいました。
登場するのは、1970年代に結成したメタルバンド「アンヴィル」のボーカル&リードギターのリップスとドラマーのロブ。
80年代にはそれなりに活躍して、ボン・ジョヴィ、スコーピオンズ、ホワイトスネイクらとロックイベントで来日しました。映画はそんな彼らの輝かしいシーンから始まりますが、この中で、なぜかアンヴィルだけが商業的成功を手にすることができませんでした。
月日が流れ、50代になったリップスは地元であるカナダのトロントで給食の宅配ドライバー、ロブは建設作業員として働きながらバンド活動を続けています。
彼らはロックスターとしての成功をあきらめていません。
リップスはこう宣言します。
誰もが年を取る。それが現実だ。
腹は出て顔の肉は垂れ、髪は抜け時間はなくなる。
だから今やる。
今から20年後、30年後、40年後には人生は終わるんだ。
やるしかない!
カナダというとザ・バンドが思い出されます。
リーダーのロビー・ロバートソンが「ツアーなんて続けていたら若死にする」と映画「ラストワルツ」を最後に解散しましたが、メンバーのリチャード・マニュエルは自ら命を絶ち、リック・ダンコは長年のドラッグ濫用で肥満し、ある朝、冷たくなって発見されました。
破滅的な生き方に陥るロックミュージシャンが多い中、アンヴィルは、健全です。
両方とも妻子がいて家庭を営んでいますし、仕事もちゃんとこなしているようです。
こういう生き方ができる人こそ強いのだと思います。
リップスとロブはともにユダヤ系カナダ人ですが、育った環境は微妙に異なります。
リップスの兄は学者、姉はビジネスウーマン、弟は会計士で、彼は完全な異端児です。母親は「息子が学校を中退してミュージシャンになったことを受け入れるのは苦労した」と語ります。
30年以上前のリップスのバル・ミツワー(ユダヤ教の成人式)のシーンが挿入されますが、かなり恵まれた家庭であることがうかがえます。
一方、ロブは「音楽に興味をもつのを父親が喜んでくれた」と語ります。
そしてロブの父親の出自が明らかになるのですが、なんと、アウシュビッツを生き抜いたハンガリー出身のユダヤ人だというのです。
強制収容所で生きるか死ぬかの極限状態を体験した父親は、息子がたとえ成功しなくても、やりたいことをやって平和に生きるだけで満足だったのでしょう。
リップスの家族も彼を排除しているわけでなく、温かく見守っています。バンドの13枚目のアルバムの制作費用を貸してくれたのは、リップスの姉です。
新しいアルバムの曲の一つは占いがテーマでした。
タロットカードに、茶の葉
水晶玉
手相、ろうそくの明かり
占いで語られる未来
未来への恐怖
期待に対する興奮
なぜ自分たちは売れなかったのか。
マネージャーやレコード会社選びに失敗したからか、タイミングが悪かったからか、カナダ人だからか。
20年間考え続けてきて、それはもう、占い(運)の問題だと悟ったのかもしれません。
そんな彼らに転機をもたらしたのが、サーシャ・ガバシ監督です。
ガバシ監督は10代の頃にアンヴィルに熱中し、彼らのツアーにスタッフとして参加しました。
結局、彼らに運をもたらしたのは、人間関係(ガバシ監督との交流)です。
若きガバシ監督がツアーでこき使われ、嫌な思いをしていたら、スピルバーグ作品の脚本家として映画界で成功した後、四半世紀後にアンヴィルの二人に連絡を取ろうとはしなかったでしょう。
映画の最終シーンで、リップスはこう語ります。
いい曲を書くだけではダメだ。
大事なのは考え方だ。
何に満足して、何に妥協するか。
人生を楽しんでいるか
それこそが重要なんだ。人生で最も大切なのは、人との関わりだ。
知り合いや訪れた場所、
体験したことに意味がある。
音楽ドキュメンタリーでありながら、人生や運、占いについて考えさせられる映画でした。