翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)、ビジネス記事翻訳。副業で外国人に日本語を教えていましたが、2019年3月で卒業。フィンランドが大好き。ウラナイ8所属。

国それぞれの家族観

引き続きエリザベス・ギルバートの本から。

彼女がインドネシアのバリ島を再訪したのは、治療師にして手相観のクトゥに「ここに戻って来て3か月か4か月、住む」と予言されたことがきっかけでした。

バリ島で出会ったもう一人の治療師がワヤン。病気や怪我だけでなく子づくりがうまくいかない夫婦の治療もする女性ヒーラーです。

 

不妊の原因が女性にあれば、古来の治療法で治せるけれど、問題は男性側にある場合。

厳格な家父長制度が続いているバリで、不妊の原因が夫にあるとは告げるのはむずかしいのです。そして、子供を授からないのは妻のせいとされ、暴力をふるわれたり離縁されたりします。

ワヤン自身も夫の暴力に耐えかねて離婚し、子供の親権を取るために全財産をつぎ込んだ女性ですから、不妊の原因を押し付けられた妻への理不尽な仕打ちにがまんできません。

 

そこでワヤンが編み出した方法。

夫には「あなたの妻は不妊症であり、治療する必要がある」と告げ、妻だけで治療院に来させます。そして、村の若い青年を呼んで、赤ん坊を宿すように性交渉させるというのです。呼ばれるのは、おしゃれで長髪のハンサムな運転手たち。9か月後、美しい赤ん坊が誕生してみんなが幸せになる。

絶句する話ですが、バリの男性にとって子種がないということは、自らのアイデンティティを失うも同然。一族の継承が最重要事項ですから、誰も不幸にならない不妊治療ともいえます。

そのうちバリにも血液検査やDNA鑑定が定着したら、どのようになるのかでしょうか。

 

昔、主婦向け雑誌で不妊治療の記事をよく書いていました。

夫側に原因がある場合、非配偶者間の人工授精(AID)という方法があり、精子のドナーは慶応大学医学部の学生だったので、優秀な子供が生まれる確率が高かったという話を聞いたことがあります。その後、子どもの「父親を知る権利」を重視するため、ドナーが確保できなくなったそうです。

今や日本では生まれてくる子供の15~16人に一人が体外受精。何が何でも自分が生んだ子供を育てたいと願う女性がそれだけいるのでしょう。

 

南米の家族観も独特です。

ガルシア=マルケスの一族の男たちは、妻以外の女性と子供を作ることが多いのですが、そうした子が訪ねてくると、実の子同様に歓待するのが習わしだったそうです。

 

長年、指導してもらっているズンバとピラティスのインストラクターのご主人は南米出身。ピラティスのクラスは年配の参加者もいて、雑談中に「南米でも嫁姑問題なんてあるの? こんなに遠い国のお嫁さんをもらうことに反対されなかったの?」なんて質問が飛び出します。

「夫の実家には誰かわからない人が一緒に住んでいて、嫁とか姑とかいちいち気にしないみたい」との答え。なんて大らかなこと。

 

ガルシア=マルケスの自伝『生きて、語り伝える』に登場するおばさん。

ほとんど90歳になろうとしている時、予告もなく完全な喪服姿でやって来て、陽気な声でこう伝えます、

「みんなにお別れするために来たんだよ、あたしはもうじき死ぬことにしたんでね」

そのまま家にとどまって、じっと時が来るのを待ち、死んでいったのは見事ですが、死んだのが102歳とあり、愕然としました。10年以上居候していたのか!

 

こういった話を耳にするたびに、私が常識とか社会通念と思ってきたことは日本特有のものだったことがわかります。

占い師として対面鑑定を行っていたころは、家族関係の悩みもよく持ち込まれたものですが、家族はこうあるべきという思い込みを手放せば、悩まなくてすむことも多いのです。

 

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九星気学不妊に対処するなら、夫婦和合の方位の北、あるいは一白水星が巡っている方位の温泉旅行を勧めます。非科学的ですが、不妊で切羽詰まっている夫婦が旅行で一息入れるのも悪くないはずです。

 

4か月×3か国の思考実験

エリザベス・ギルバートの『食べて、祈って、恋をして』。いつかはこんな旅をしてみたいと、何度も読み返しています。

生きる喜びを追求するためにイタリアで4カ月、美食を楽しみ世界で一番美しい言語であるイタリア語を学ぶ。離婚騒動で消耗した心身が回復したら次の4カ月はインドへ。インドのアシュラムに4カ月滞在し、瞑想とヨガで信仰の世界を探求。最後の4カ月は喜びと信仰のバランスを取るためにインドネシアのバリ島へ。

1年をかけての壮大な旅程。イタリアとインドネシアでは家を借り、インドではアシュラムに滞在。まさに「暮らすように旅をする」。

いつか私もやってみたいものです。コロナで海外に行けなくなったからこそ、妄想力が炸裂します。鉄道ファンには時刻表で妄想旅行を楽しむ人がいるように、4カ月ずつ3か国に滞在するならどの国を選ぶかを考えるだけで、次々と旅のアイデアが湧いてきます。

 

まず、生きる喜びとして美食を選ぶのは避けます。太るのを避けたいし、和食以上に好きな国の料理が思い浮かばないので。アイルランドでパブを巡って酒の喜びというのも、一気に依存症になりそう。

食事や酒より生きる喜びを与えてくれるのはダンス。

この10数年、どんなに消耗した時期も週5回のズンバのレッスンで生き返ってきました。何も考えずにラテンのリズムで体を動かすことこそ、生きる喜びです。

私だったら、最初の4カ月はズンバを発案したベト・ペレスの故国、コロンビアに滞在します。事前にコロンビア人の知り合いを作り、外国人が気楽に通えるダンススタジオを見つけておかなくては。

4カ月もいてスペイン語がまったく話せないというのもまずいので、個人レッスンも受けてみよう。ダンスの曲の歌詞とダンス用語を中心に。4カ月となるとカウチサーフィンには長すぎるので、エアビーアンドビーで宿探し。初めて行く国で勝手がわからないので最初の数日間は安全な場所にホテルを確保したほうがよさそう。慣れてきたら、ガルシア=マルケスゆかりのカリブ海沿岸を回れるかもしれません。

 

さて、次は信仰の世界を探求。

インドのアシュラムもいいけれど、タイの僧院を選びます。そして、精神性の探求ならインドよりタイ。バンコクでヴィッパサナー瞑想の体験クラスに出たことがあります。

bob0524.hatenablog.com

 

そして肉体と精神のバランスを取るなら、断然フィンランドです。

知り合いのつてを頼れば、湖畔のサウナ付きコテージに滞在し、水風呂替わりに湖に裸で飛び込む日々。人恋しくなったら、ヘルシンキに出て街のサウナへ。

以前、カウチサーフィンで我が家に滞在したヨルマが「夏は企業も会社も長い休みがあるので、地方に滞在しサマースクールが教えたり学んだりして過ごす」と言っていました。ヨルマはコンピュータ系の専門家ですが、サマースクールでは折り紙を教えています。 

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フィンランドのサマースクールで教えるために日本語教師の資格を取り、箔を付けるためにヨーロッパ系の語学スクールの東京校でオタク相手に日本を教えたんじゃなかったか! フィンランドに行ってこそ、この経験が活かされるはずです。

 

妄想は広がる一方ですが、冷静に考えるとタイの僧院の4カ月というのは無理かも。そんなに宗教的な人間じゃないし。日本にも千葉と京都で千葉と京都で10日間のコースが開催されています。タイに行くにしても、瞑想は10日間にしておいたほうが無難です。そもそも、エリザベス・ギルバートをそっくり真似して3か国を連続して旅することもないでしょう。

 

コロナがこのまま収まるのか、新たな波がやってくるのか、予測がつきませんが、妄想旅行を計画するのは自由。準備のためにやることもはっきりしてきます。

週5回のズンバのレッスンも特別な意味を持つように。メレンゲサルサ、クンビア、レゲトンがズンバの主なステップですが、コロンビア発祥なのがクンビア。片方の足を引きずるようなステップは鎖でつながれた奴隷を模しており、農民がさとうきびを刈る動きを模したシュガーケーンという動きもあります。単にノリのいい音楽に合わせて動くだけでなく、南米の文化や歴史も探求したくなります。

その一方でコロンビアを訪れる前に、スタジオでのレッスンについて行けず引退する日が来るかもしれないとうっすら予測しています。そうなったら、そうなった時。それまで楽しい夢を見たのですから、それでよしとしましょう。

 

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元は貴族の館だったというセビリアのホテルの客室。

2年前の9月にスペインを旅したのが最後の?海外旅行になりました。

読み、書くことで考えがまとまる

40代半ばまでは、売文業が超多忙でブログを書くなんて思いもよりませんでした。書けば書くほど出版社から原稿料が振り込まれていたので。

ただし、フリーランスのライター業は、いつまでも続けられるものではないと先輩から聞かされてきました。編集者は年上のライターに発注することを嫌います。懇意にしていた編集者も定年を迎えました。

ライターの上りは、編集プロダクションの経営者になって上前をはねることだとも聞いていましたが、そんな面倒なことは向いていません。結局、東洋占術とビジネス翻訳という専門を掲げて細々とでも書き続けています。

 

本業が暇になるにつれて、ブログを書くようになりました。読者や編集者を想定せず、書きたいことを気ままに書けるのは本当に楽しい。しかも、思考の整理に役立ちます。自分は文章化することによって考えをまとめるタイプだと、村上春樹の『猫を棄てる』を読んで実感しました。

 

村上春樹の父は大陸での悲惨な戦争体験を経て京大文学部に進学した向学心あふれる青年でした。そうした父の一人息子として育ち、全面的に対立したわけではないけれど、父の期待に沿えないという居心地の悪さを感じていました。

父の死後、この本を書くことで、気持ちが一段落したようです。

僕は手を動かして、実際に文章を書くことを通してしかものを考えることのできない人間なので(抽象的に観念的に施策することが生来不得手だ)、こうして記憶を辿り、過去を眺望し、それを目に見える言葉に、声に出して読める文章に置き換えていく必要がある。そうしてこうした文章を書けば書くほど、それを読み返せば読み返すほど、自分自身が透明になっていくような、不思議な感覚に襲われることになる。

 

本業は先細り、副業の日本語教師もすっぱりやめて、自由に使える時間が増えました。読みたかった本を好きなだけ読める夢のような生活。

だけど、ただ読むだけでは物足りない。自分の中でどう消化したかをこうして文章にすることで、本の世界にどっぷり浸かることができます。

 

こうした本の楽しみ方を共有したくて、ウラナイ8ブッククラブも始めました。ネット音痴の私では決して実現できなかったのですが、ウラナイ8の仲間のユミコさんに相談して掲示板への書き込みを始め、玉紀さんがメンバー登録と告知を担当してくれました。

uranai8.jp

アメリカのドラマや小説に出てくるブッククラブにずっとあこがれていました。占いをキーワードにブッククラブをやってみたかったのですが、このご時世ではリアルに集まるのがむずかしいし、期限を決めて特定の本を読了するのも義務感にしばられそう。ネット上なら、場所と時間の制約なく、ゆるく交流できます。そして、本好きなら「話す・聞く」より「書く・読む」を好むはず。

「秘密のバーチャル図書館」(byウラナイ8のまるさん)として、蔵書も徐々に増えてきています。会員の方々が知らない本を紹介してくださると、読みたい本のリストに追加しています。読了後、自分なりの感想を文章にしていきたいと思います。

 

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石垣島の街角で昼寝中の猫。『猫を棄てる』は猫にまつわる象徴的なエピソードもあり、猫好きにはたまらない一冊です。

人生の総決算をしてから死ねるか

メイ・サートンの本を読み始めました。老年期の日記が多いので、自分にはまだ早いかと思っていたのですが、あっというまに自分も老人の仲間入りです。

 

まず手にしたのが『総決算のとき』。60歳の女性を主人公にした小説です。

原題は”A Reckning”で、計算とか見積もり、請求書といった意味ですが、瑩山小説ではありません。

 

文芸編集者として充実した日々を送っているローラが、肺がんで余命2年を告げられて終活するというストーリーです。

 

ローラは医師の宣告を冷静に受け止めます。

がんは余命がわかり死への準備期間ができるから、がんで死ぬのが一番いいという医師の意見を読みましたが、私だったらここまで冷静に取り組めるだろうか。

たいていの場合、医者は長めの数字をいうものだから、長くても1年か。春があと1回、夏があと1回だかろうか。夫に先立たれて3人の子どもは独立。同居しているのは犬のグリンドルと猫サシャ。愛想のいいグリンドルは息子夫婦が貰ってくれるだろう、でも、人見知りで気性激しいサシャはどうしたらいいんだろうと思いを巡らします。

 

そして母。いつもその場の中心人物として娘たちをコントロールし続けた圧倒的な存在だった母は、娘のこともわからなくなった状態で施設に入っているのです。

ローラはそんな母に対して自分の死を自覚して死んでいくチャンスも与えられなくてかわいそうだと感じたりします。

 

「死ぬのは旅みたいなものだけど、一人ではできない。他人もそこに巻き込んでしまう」と考えるローラ。両親を送った経験から、私もそう実感しました。死後の後始末をまかせられるNPO法人と遺体の引き取りから遺産の寄付手続きまで公正証書を作成し、いつ死んでも大丈夫な状態になりました。

 

死を迎える瞬間にローラが一緒にいてほしいと願ったのは息子や娘ではありませんでした。子供よりも頼ったのが、ミナ叔母。外務官僚だった父の妹で、保守的なエリート一族の中での一匹狼。国際連盟女性有権者同盟の結成に関わり、ベトナム戦争時には反戦運動のリーダーとして活動した女性です。血縁の濃さにかわりなく、気の合う人、気の合わない人がいるのは当然です。

そして、青春をともに過ごした腹心の友エラ。夫との結婚生活は満ち足りていたけれど、帆本当に心を交わせることができたのはエラだったと思い至るのです。

『総決算のとき』がアメリカで出版されたのは1978年。不評だったのは、同性愛への偏見が強かったからでしょう。

 

最初は家に看護人を入れるのをいやがっていたローラですが、訪問看護婦のメアリー・オブライエンを全面的に信用することになります。名前からしアイルランド系で敬虔なカトリック教徒でしょう。ローラは典型的なWASPであまり信心深くなく神は不在だと考えています。

「神様を信じないのに、どうして死を前にしてそんなに勇気があるのか」と不思議がるメアリーに対してローラはこう説明します。

「神は信じない代わりに、自分が何かの一部、自分より大きなものの一部だって考えるようにはしているけれど」

「それが信じることですよ!」とメアリー。

 

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長崎の大浦天主堂

ローラと同じく私も信心深くありませんが、聖堂や修道院を訪れて神を信じるのはどういうことか想像します。

 

人生は無理ゲー? 攻略できる?

橘玲の本を続けて読みました。

まずベストセラーとなっている『無理ゲー社会』。

昭和の時代は息苦しいことも多かったけれど、貧しい家に生まれても逆転できる可能性がありました。時代は進んだはずなのに、日本は若者が無理ゲーと嘆く国になってしまったようです。

親ガチャという言葉は親子関係を冒涜するから使うべきではないという意見もありますが、実家の経済状態だけでなく、遺伝子によって能力もある程度決まると書かれています。努力は裏切らないとか、努力は必ず報われるといった励ましは安易に口にしないほうがいいでしょう。優秀な遺伝子を持っていない人にとっては呪いの言葉になります。

 

クリアできないのが無理ゲーのはずなのに攻略法がある? そうした疑問から手に取ったのが同じ著者による『人生は攻略できる』。中高生から若い社会人に向け、現代を生きるための攻略法を著作の数々からまとめています。

無理ゲーを攻略できるかどうかの分かれ道は、それを教えてくれる人や書物に出会えるかどうか。

 

そして、お金持ちの家に生まれれば万事OKかと言えばそうでもなさそうです。

「あなたはどれくらい幸福ですか」と質問して答えをまとめたアメリカの研究。

最も幸福度が低かったのは、生まれたときから貧しくてずっと貧しい人。これは想像できます。意外なのは、次に幸福度が低い層。生まれた時からお金持ち。そのあともずっとお金持ちの人。え、どうして? 銀のスプーンをくわえて生まれるのは、現世で最高の幸運のはずなのに。

そして、幸福度が高かったのは、貧しい家に生まれ、自分の力で成功した人。

ロールプレイングのたとえでしっくりきました。

人生をロールプレイングゲームだとすると、最初がレベル1で、どんなに頑張ってもレベル1から変わらなければぜんぜん面白くないだろう。でも最初からレベル100で、おまけにモンスターも出てこなくて、どんどん進んでいったらクリアできるゲームはどうだろう。同じくらいつまらないのではないだろうか。

 

私の人生を振り返ると、とりあえず行きたい大学に進学でき、就職も結婚も自分の思う通りにできたことは大幸運でした。

うちの両親は子供にお金を与え過ぎるとろくなことがないと考えていたらしく、大学の学費と生活費は出してくれましたが、やりたいことがあるなら自分で稼げという教育方針。このおかげで学生時代は多種多様なアルバイトで経験値を上げ、卒業後に飛び込んだ広告や出版業界はたまたま時代の追い風があり、ゴールドも稼げました。

ドラゴンクエストには戦士、武闘家、魔法使い、僧侶、遊び人などの職業があります。まずここで自分に適したものを選ぶのが大きなポイント。戦士と武闘家では戦い方が異なるし、魔法使い回復系の白か攻撃系の黒があります。私は公務員とか専業主婦を選んでいたら、たちまちゲームオーバーになるところでした。

 

徐々にレベルアップできたロールプレイングゲームだったと振り返ることができますが、不運な要素が重なってゲームを攻略できなかった人にはセーフティネットのある社会であってほしいと思います。

 

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大宮のおふろカフェ。フィンランドサウナの世界を再現しています。コロナが収まってきたら行きたい場所の一つです。

ゲームの攻略なんて考えず、ただ生きているだけのムーミン谷は理想郷ですが、人間の世界はそうはいきません。