甲府の珈琲専門店ダン、旭川の四條食堂など何十年もの続いてきた店の個人店主は、体力が続く限り、やりがいのある仕事ができます。
徐々にリタイア状態に向かっている私は、今さら店を始めることもできず、無為な日々を過ごすだけになるのかと暗い気持ちに…。
アイルランドのパブを思い出しました。訪れたのはもう30年以上も前のことです。
会社を辞めてフリーランスとして独立する前、3カ月の長期旅行。ネットのない時代ですから、首都のダブリンはともかく地方の街の情報はほとんどありません。当時、U2が好きだったのと、翻訳仕事を手伝ってもらっていたアイルランド系アメリカ人のレジーナのアドバイスで旅先にアイルランドを選びました。
ダブリンを離れて始めて向かう地方。念のためその日に泊まるB&Bはダブリンの観光局で予約しました。エアビーアンドビーのある現在からすると隔世の感があります。
Googleマップもない時代なのでB&Bの場所を聞くために目についたパブに入りました。
パブといっても酒場だけではなく、喫茶店、レストラン、地元のコミュニティスペースといったさまざまな役割があるとレジーナに聞いていたから。それに「アイルランド人は親切だから、きっと助けてもらえる」とアドバイスをもらっていました。
しかし当時、地方のパブに東洋人がふらりと一人で入ると目立ちます。昼間からギネスを飲んでる地元の常連らしい高齢男性たちの注目を一身に集めました。
宿に着くまでに酔っ払うわけにいかないので、とりあえず紅茶を注文してバーマンが一息ついているときにB&Bの住所を書いたメモを見せて場所を聞きました。
ダブリンの観光局の女性はバス停から歩いて行けると言っていたのに、バーマンはしきりと首をひねります。待ってましたとばかりに乗り出してくる常連客たち。住所のメモはたちまち次から次へと回され、私のところに戻ってくるのかはらはらしました。
地元の常連たちの誰一人としてそのB&Bを知らないようです。困り果てた私を見かねて、どこかに電話してくれる人がいました。
「わかったぞ、ダブリンの観光局がバス停の名前を間違えて書いたんだ!これは別の街のB&Bだ」
店中が安堵。正しい街へ向かうバスの時間まで教えてくれて、安心して店を出ることができました。
この体験に味をしめて、どの街を訪れても真っ先にパブで情報収集をすることに。慣れてくると、とりあえずギネスを半パイント。滋養あふれるほろ苦い味が大好きになりました。アイルランドの国民飲料であるギネスを外国人がおいしそうに飲んでいるのは、パブの客にとってはうれしいことなんでしょう。しばしば二杯目のギネスをご馳走してもらうこともありました。キャッシュ・オン・デリバリーなので、人におごりやすいのです。
「じゃあ、次のギネスは私に払わせて」と言うと「いつか私が東京に行った時、サケを一杯買ってくたらいいから」
この精神はしっかり私に受け継がれ、外国人旅行者や留学生をホストするようになりました。
あの時の老人たちは、昼間からギネスを飲んでいたのだから、仕事はしていなかったでしょう。それでも、仲間がいて毎日通うパブがあります。見ず知らずの外国人に親切にできるのですから、陰謀論にかぶれたり右翼化もしていないでしょう。これはかなり理想的な老後です。
コロナが収まって外国人が日本を訪れるようになるのはいつになるのでしょうか。アイリッシュパブの老人たちのようにもてなすことができる日を待ち望んでいます。
アラン島で同じB&Bで知り合ったマーフィー夫妻は、その後ダブリンの自宅に招待してくれました。帰国後も交流が続き、夫婦で来日した時のおみやげはギネスのカップとアイリッシュコーヒーのグラス。ウイスキーにコーヒー、砂糖、生クリームを入れるとカロリーも相当なものになりそうで、作ったことはありませんが、ずっと持ち続けています。こういうものは絶対に断捨離できません。