翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えていましたが、2019年3月で卒業。フィンランドが大好き。

楽しい没落の国、スペイン

日本語教師を辞めて自由な時間ができたら、南米に行こうと考えていました。

一番行きたいのはコロンビア。生きる喜びを感じるズンバを発案したのはコロンビア人のダンサーだから。そして、愛読しているガルシア・マルケスの国だから。

 

しかし、南米は遠い。

直行便がないのでアメリカで乗り換えて、30時間以上かかります。隣国のベネズエラの政情が不安定だし、のこのこ観光旅行に行っていいものか。だったらアルゼンチンにしようか。JALの国際線を調べると、ブエノスアイレスまで片道10万円です。

 

ところが吉祥寺のスペイン料理店、ドス・ガトス(2匹の猫)で高森シェフと話しているうちに、スペインでいいんじゃないかという気になってきました。マドリードならJALで片道5万円だし。

バルセロナ・オリンピックが開催された1992年、スペイン特集の記事を書くことが多く、高森シェフに取材しました。同い年生まれで出身地も近いことから意気投合し、厄30年近く、誕生日や記念日はドス・ガトスでお祝いしています。

  

スペインに行くなら、と読んだ本。

 

ドン・キホーテの末裔 (岩波現代文庫)

ドン・キホーテの末裔 (岩波現代文庫)

 

ドン・キホーテは騎士道のパロディで、流行の騎士道物語を読みすぎた老人が自分を騎士だと思い込んで冒険に出る話です。

 

作者のセルバンテスは「日の沈むことのない国」とまで称されたスペイン大帝国の時代に生きた人です。イベリア半島に加えて、南米やアジア、アフリカを支配し、領土のどこかで太陽に照らされていました。セルバンテス無敵艦隊トラファルガーの海戦に向かう年にも生きていますから、大帝国の没落の予兆も感じていたでしょう。

 

今の若い人はピンとこないでしょうが、日本も世界でナンバー1ともてはやされた時代があったのです。それが今や、少子高齢化の有効な対策も打てず、じりじりと国力が衰えていくだけ。子供時代は高度経済成長期で、バブル景気時代に働いた私にとってはなんとも心細いかぎりです。

 

どうせ没落していくのなら、少しでも楽しく生きたい。スペインでも少子化は進み、失業率は日本よりずっと高め。没落の先輩であるスペインで人々はどんなふうに人生を楽しんでいるのかを垣間見てきました。

 

たとえば港町カディスの市場に隣接するカフェ、午前9時。

空の買い物カートを引いた高齢のご婦人が来店。常連客なのでしょう、店の人と親しそうに言葉を交わします。いつもの朝食が運ばれてくるとウェイターはやさしくぽんぽんと肩を叩き「ゆっくり楽しんで」みたいなことを言っているようす。食べ終わって店を去る時は、ウェイトレスとハグまでしていました。おそらくこの後に、なじみの魚屋、肉屋、八百屋と回り、同じように歓待されるのでしょう。

 

あるいはセルビアの駅前のバル、午後1時。

ビールが1ユーロという庶民的な店です。店頭にあるショーウィンドーに並んでいるタパスから魚介のマリネを指さして、お皿に入れてもらいます。「とてもおいしい」と店の人に伝えると、わざわざ厨房からコックさんを連れて来るほど喜ばれました。

そこへ現れた常連らしき高齢の男性。店内から「パブロ!」「パブロ!」と声がかかります。もしかしてこの店のオーナーかもと思わせる貫録で、カウンター席から店内を見渡しています。そして、注文しなくても彼の前にはビールが出てきます。

 

東京と違い、忙しそうな人があまりいません。時短とか効率なんて言葉を忘れてしまいそう。バルやカフェで働く人々は、まるで舞台に立っているかのように茶目っ気たっぷりに動きます。手のかかる高齢者や外国人旅行者が来店したら、「これこそ見せ場だ」みたいにはりきるのかも。そして手が空いたら、スタッフやお客との会話を楽しみます。

 

一方、私の老後は西友阿佐ヶ谷店のセルフレジでもたもたして、後ろに並ぶ若者に舌打ちされるイメージしか心に浮かびません。まして、子供を育てていない老人は、少子高齢化の元凶ですから、冷たい目で見られることでしょう。

 

スペインから帰国してからぼんやりしてばかり。東京のせわしない日常を生きるうちに、スペインの記憶も薄れていくのでしょうか。

 

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港町カディスの夜。宿の主人に「ここはどこへ行っても安全だ」と言われ、遅い夕食後街歩きを楽しみました。昼間は暑かったけれど、日没後の気候は快適そのもの。公園のベンチでは若者たちが何が楽しいのか、陽気な笑い声をあげていました。。

まるでガルシア・マルケスの小説に出てきそうな街並み…、それも当然、ここカディスから出航して移住したスペイン人が南米の国々を作ったのですから。

マドリードの空港カウンターでは、南米行きの乗客が大きな荷物を次々と預けていました。スペインに里帰りしたり、ルーツを訪ねて、どっさりお土産を買ったのでしょう。