バンコクからの帰途の機内で観た『家へ帰ろう』。
ホロコーストの傷跡は戦後70年たっても、こんな映画が作られるほど大きかったんだと思うとともに、自分の身につまされるエピソードもありました。
88歳にもなるアブラハムが、アルゼンチンからポーランドまではるばる旅をしようと決意したのは、子どもたちに家を売られ、老人ホームに入ることになったからです。
50代の私が東京からブエノスアイレスに行きたいけれど、30時間以上という飛行時間で躊躇しています。高齢で足も悪く、一人暮らしは無理だ判断されたアブラハムが長旅を決意したのは、家を売られるのがそれだけショックだったからでしょう。
昨年の冬、父が肺炎で入院。そして、パーキンソン病で施設に入所していた母が死去。
通夜と葬儀、埋葬を私が仕切り、父は病院から参列しました。毎日ヘルパーさんに来てもらうことで一人暮らしを続けていた父ですが、入院生活で足腰がすっかり弱くなり、母がお世話になった施設に入所させてもらうことになりました。
東京のマンション暮らしに慣れている身には、神戸の実家の一戸建ては寒くてたまりません。高齢者にはなおさらハードでしょう。母を失いすっかり気落ちした父は、施設暮らしを受け入れました。
ところが気候がよくなってくると、やはり施設は窮屈なのでしょう。「ここは牢獄のよう。抜け出したい」と、毎日リハビリに励んでいるようす。
「家に戻りたい」と訴える父に「一人で家にいて、夜中に倒れて孤独死したらどうするの」というと「それこそお前たちが望んでいることじゃないか」と憎まれ口をたたくほど回復しました。映画のアブラハムに似ています。
いきなり自宅に帰るのはハードルが高いので、自宅に一泊することから始めています。
そのたびに私は東京から神戸に戻らなくてはいけないので、めんどうだとは思いますが、残りの人生がわずかになってしまったアブラハムも父も、自分の家に帰ることがどんなに重要か。そう思って付き合うようにしています。
親の家の片づけは、東西を問わず厄介な問題のようです。
単なる片づけ本だと思ったら大間違い。
著者のリディア・フレムはベルギー在住の精神分析学者。両親はユダヤ人強制収容所の生き残りです。
娘がいくらせがんでも、ヒトラーが政権を握ってからの時代については口を閉ざしていました。
親の家を片づけることは、家系の歴史と向き合うこと。親の家を片付けるのは両親ともにこの世を去ってからにしようと思います。
父の存命中は、親の家はそのままにするつもりです。金勘定が得意な親戚からは「施設に入所したのなら、さっさと売ったほうがいい」とアドバイスされましたが、家を売ってしまうと、父は帰るところがなくなります。父が懸命に働いて手に入れた家で、母と過ごした記憶も残っています。月の大半は空き家になってご近所にはめいわくをかけているでしょうが、なんとかこの状態を続けるつもりです。
元アメリカのスパイでタイに赴任、絹ビジネスで財を作り、マレーシアで謎の失踪を遂げたジム・トンプソンの家。彼にとってはバンコクのこの家こそが自分の家なんでしょう。