翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えていましたが、2019年3月で卒業。フィンランドが大好き。

幸せに慣れてしまう

この春まで3年間続けた日本語教師

非常勤なので教壇に立つのは月火水の3日間。25年以上フリーランスで働いてきて、日曜の夜の憂鬱とは無縁だったのに、この3年間は最悪の気分で日曜を過ごしていました。

月曜と火曜は「いやだ」と思う暇もなく、その日の授業分の添削と翌日の準備に追われます。火曜の夜、なんとか7時40分までに完了すれば、近所のスポーツクラブのズンバのレッスンに行けます。スタジオで「これは歓喜のダンス」と狂喜しながら踊りました。翌日の水曜の授業さえ終われば、学校に行かなくてもいい4日間が待っているのですから(たまに木曜とか金曜に代講を頼まれることもありましたが)。

 

日本語学校を辞めたらどんなに幸せになるだろう」と夢見たものです。ただ、見栄っ張りで承認欲求が強すぎる私は中途半端に学校を去ったら自己嫌悪に苦しむだろうから、辞めようとは思いませんでした。

 

築20年の自宅マンションのリノベを計画し、母を見送り、気が付いたら日本語教師歴も3年になろうとしていて、もういいんじゃないかと思ったのが1月。3月上旬に教師生活を卒業しました。その後、リノベのため3週間の放浪生活がありましたが、それも終わりました。

 

もう授業のプレッシャーはないし、家は広々として快適に。これ以上、何を望むことがあるでしょうか。

本業は続いていますが、昔ほど量が多くなく、時間に追われることもありません。

なんて幸せな毎日。ブラック企業に勤めている人に申し訳ないぐらいです。読みたかった本、観たかった映画やドラマを好きなだけ。アメリカでベストセラーになった『ヒルベリー・エレジー』、そして村上春樹の『騎士団長殺し』も一気に読めました。

 

朝、目覚めるために幸せを実感していたのですが、やはり慣れます。

不幸に慣れるのは時間がかかるのに、幸せにはすぐ慣れて当たり前のことになってしまいます。

 

対策として、生活になるべく変化をつけるようにしています。小さなことでもいいので、一日に何か一つ、新しい体験をすることを心がけています。

そして、元教え子が何か言ってきたら、力を貸すこと。この人生では十分すぎるぐらい与えられてきたので、これからは自分が与える立場にならなくては。元教え子に限らず、誰かのために何かをすることで、自分が豊かになります。

 

体重を増やさないように気を付けること。私は太ると運気(特に金運)が下がります。体重が危険水域まで上がったら、断食でもするしかありません。隣の駅のヨガ教室では定期的に通い断食の講座を主催しています。

 

  

断食をすると、幸せを感じるハードルが一気に下がります。ほんの一杯の薄いおかゆを口にするだけでどれだけ幸せを感じられることか。

そして、空腹だという感覚にとらわれて、世俗の悩みを忘れます。

 

幸せには簡単に慣れてしまうので、生活にできるだけ変化を取り入れて、幸せをかみしめていきたいものです。

 

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晴れて空気が澄んでいる日は、玄関先から富士山が見えます。のどかなヨーロッパの地方から来た外国人学生は「なんてすばらしい光景!」と大喜びしますが、私にとっては当たり前の風景です。