翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えていましたが、2019年3月で卒業。フィンランドが大好き。

運命論の書として読む『ヒルビリー・エレジー』

無名の作家の回想録でありながら、ベストセラーになった『ヒルビリー・エレジー』。

 

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち

 

 作者は31歳でアメリカの白人男性。

名門イェール大学のロースクールを終了し、現在はシリコンバレーの投資会社の社長。きらびやかな経歴だけど、わざわざ一冊の本になって日本語にも翻訳されるほど特殊ではないはずです。

しかし、作者の出自であるヒルビリー、そして家庭環境について読み進めていくと、彼のキャリアは奇跡のようなものだと思い至ります。

 

アメリカン・ドリームということばもあるし、白人でしかも男性としてアメリカに生まれるのはかなりのアドバンテージのはず。ところが、「ヒルビリー」「レッド・ネック」「ホワイト・トラッシュ」と呼ばれる貧困層の白人家庭の生活は、日本人が一般にイメージする「アメリカの白人」のイメージとはかけ離れています。

これがマイノリティだったら「自分が社会的に成功できないのは人種のせい」と考えてまだ気楽に生きられるかも。白人なのに貧しいという現実がますます彼らをみじめにしているのかも。

いずれにせよ、丸太小屋で育った少年が大統領になるような単純な社会は完全に過去のものになったのでしょう。

 

登場人物紹介のページ。

作者の実の父親は母親の2番目の夫です。姉は最初の夫の子です。

そして養父は3番目の夫。それに続く母親の恋人が4人も名前を連ねています。しかも母親は情緒不安定で薬物中毒。新しい恋人ができるたびに生活が変わり、繰り返される痴話喧嘩。

12歳の時、母親が運転している車に乗っていると「車をぶつけて一緒に死ぬ」と言い出され、生き残る確率が高くなるだろうと後部座席に飛び移った息子。激怒して、車を止めて息子をぶちのめそうとする母親。車から逃げ出し、「助けて。母さんに殺される!」と見知らぬ家に助けを求めます。

警察が呼ばれ、母は家庭内暴力の罪で起訴されます。自分の証言によって母が刑務所に入る可能性があると告げられ、裁判で嘘をついて母をかばう息子。

学校は好きではなかったけれど、家に帰りたくなくて、学校の終業ベルが鳴るのがいやだったと書かれています。

 

作者を支えたのは、母の母である祖母。

成績不良で高校中退寸前の状態だったのが、ようやく安心して暮らせるようになったことで学校とアルバイトに集中するようになります。祖母は、自分の子育ての失敗を自覚し、孫を立派に育てようとしたのです。

近所のスーパーでレジ打ちのアルバイトをしたことも、有意義な社会勉強となります。ささいなことで店員をどなりつける客。インスタント食品ばかり大量に買う客もいれば、新鮮な野菜を買う客もいます。中にはフードスタンプで買った食品をディスカウントストアで売り払って現金に換え、アルコールや煙草を買う客も。

 

祖母との安定した暮らしのおかげで大学進学も視野に入りますが、申請書類を見て、大学に進むための学生ローンの金額を知り、迷いが生じます。「そこそこの家が一軒買えるぐらいの額」とあります。日本と同様、アメリカも高等教育費は高騰しているのでしょう。

 

そんな時、信頼できるいとこから海兵隊を進められます。いとこは女性ですが海兵隊の退役軍人です。海兵隊で4年間耐えられればGIビルにより、大学進学のために借金をしなくてもいいし、給料も出て貯金ができます。

 

貧しい若者にとっては、海兵隊の入隊が社会的階層を上がるための有力な手段ですが、訓練はきついだろうし、4年間の任期を全うするのは並大抵なことではないでしょう。最初の13週間のブート・キャンプで作者の小隊は83人から69人に減ったとあります。

 

作者が海兵隊で得たのは、経済的な自由だけではありません。

将来に対して希望が持てず、自分ではどうしようもないという無力感を脱し、「やればできる」と将来に希望が持てるようになったこと。

そうなれば、可能性がどんどん広がります。

オハイオ州立大学を1年11か月で最終週の成績で卒業し、イェール大学ロースクールへ。名門私立大学の卒業生が大半を占め、州立大学卒業生はほとんどいないという名門のロースクールに数万ドルの奨学金を得て進学します。

 

もしこれがフィクションだったら、「そんなうまくいく話なんてありえない」と思うでしょう。

彼の社会的成功の要因は、努力だけでなく、要所要所で適切な人物と出会ったことが大きいと思います。祖父母、勉強に興味を持たせてくれた教師、海兵隊を勧めたいとこ、海兵隊の教官、大学の教授、大学でできたガールフレンド…。

 

生年月日で占う命術では「同じ日に生まれたのに、運命が違うのはどうして?」という質問がよく出ます。四柱推命なら「時柱が2時間ごとだから」とも答えられますが、地球上には同じ時間に生を受けた人がたくさいるはずです。それぞれの運命が異なるのは、出会う人が異なるから。両親との相性によって幼年期の運命は左右されますし、『ヒルビリー・エレジー』の作者のケースのように、後の出会いで好転させていくこともできます。

 

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足利学校の入徳門。

知識を伝えるだけの学校の役割はもう終わったとしても、出会いを提供する場としての学校はいつまでも必要です。