翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えていましたが、2019年3月で卒業。フィンランドが大好き。

人の運は見えるのに、自分の運は見えない

占い原稿を書くことが多く、いつも運について考えています。

いや、運について考えることが多いから、占い原稿を書くようになりました。

女性誌のライターと一口に言っても、それぞれ得意分野があります。コスメやファッションのライターは華やかな方が多く、タイトな締め切りが続いても、きちんとした装いをしていました。

 

駆け出しだった頃は、メディカルとかマネー関連の原稿をよく書いていました。集めた情報をレイアウトに合わせた文字数にまとめるのが得意だったので。

しかし、同じテーマで長年書き続けているとだんだん飽きてきます。

 

ある時、付録の占い小冊子の原稿をまるまる書くことになったのが転機でした。

有名占い師のところに行くと、「吉」とか「凶」とか短いコメントだけで「あとは雑誌に合わせてうまく書いといて」で取材は終わり。占い記事は、こんなに自由に書けるんだ!とびっくりしました。

西洋占星術は入門書を読めば占いのロジックがわかるのですが、東洋占術は独学では無理だとわかり、占い学校に入りました。四柱推命、易、九星気学、風水とそれぞれ2~3人の講師から学びました。同級生は占い師志望が大半で占いライターは私だけ。雑誌の景気がよかった時代だったので、次々と占い原稿を受注し、前日の講座で学んだことを翌日、原稿に書くなんてことを続けていました。

 

そんなある日、編集者との雑談でこんなことを言われました。

「センスの悪いファッションライター、太っているダイエットライター、肌荒れしているコスメライター、貧乏なマネーライターには発注しにくい。運の悪い占いライターにも」

 

それ以来、私は運が悪くなることを人一倍恐れるようになりました。

とはいえ、実際には太りやすい人ほどダイエット知識が豊富だし、子供がグレた教育評論家のほうが身につまされるコメントを出すものです。運の悪い占い師は鑑定客の立場に共感できることが多いでしょう。

 

占いの知識を身に付けて実践すれば、運が悪くならないと思ったのですが、さまざまな占い師を取材していると、そうでもないことに気が付きました。運の悪い占い師、お金に困っている占い師はけっこういるものです。

 

自分の運が悪いのに、なぜ人の開運指南ができるのか。

さまざまな理由が語られています。その中で説得力のあるものの一つが大学教授にしてギャンブラーの植島啓司先生の説。

 

運は実力を超える (角川新書)

運は実力を超える (角川新書)

 

 

運は自分の目には見えないが、他の人のところにやってきたり、他の人のところから離れたりうるのは不思議によく見える。

 

ギャンブラーの植島先生がこのセオリーを実践している場所は、カジノ。

カジノでいつも負けている人を見つけていたら、その人の逆に賭ければ勝てるというわです。そして勝っている人を見つけたら、その人と同じように賭ける。

 

これはカジノだけでなく人生全般にもあてはまります。

運が悪くて貧乏なのに当たる占い師がいるのは、自分の運はわからなくても、人の運がわかるからでしょう。

 

占い業界に足を踏み入れ、原稿書きだけでなく、対面鑑定、講座にも手を広げましたが、開運を求めている人には、やっていることがちぐはぐなことが多いのです。

吉方取りや神社参拝、風水のラッキーグッズを買いこむ一方で、部屋はぐちゃぐちゃで、時計は電池切れで止まったまま、机の上は物置状態。これでは開運するわけがありません。

 

そもそも「幸運で絶好調」なんて人はわざわざお金を払って占い師の鑑定を受けることが少ないので、運の悪い人を多く目にすることになります。

鑑定客の運の悪さに影響され(業界用語で「かぶる」と言います)一緒になって低迷している占い師もいれば、人のふり見て我がふりを直し開運していく占い師もいます。

  

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 帯広の「ばんえい競馬」。馬がそりを引いて速さを競います。1レースだけかけてみましたが、かすりもせず。植島先生の本を再読したくなったのが、収穫でした。