カズオ・イシグロがボブ・ディランとザ・バンドのファンだと知って愛読するようになりました。
音楽をテーマにした短編集もあります。
夜想曲集: 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語 (ハヤカワepi文庫)
- 作者: カズオイシグロ,Kazuo Ishiguro,土屋政雄
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2011/02/04
- メディア: 文庫
- 購入: 3人 クリック: 19回
- この商品を含むブログ (41件) を見る
『老歌手』という一篇。
アメリカで一世を風靡した大歌手が長年連れ添った妻を連れてベネチアを旅行します。27年前の新婚旅行以来の再訪です。
夫はゴンドラとギタリストを雇い、妻のいるホテルの窓の下でセレナーデを歌うというロマンチックな思い付きを実行に移します。
若いギタリストに老歌手は、プロのミュージシャンとしての演奏のコツを伝授します。
それは、秘伝というほど大げさなことではなく、聴衆のことを何か知っておくということ。
今日の客は昨夜の客とどう違うか――自分の心で納得できることならなんでもいい。たとえば、ミルウォーキーにいるとする。自分に問いかけるんだ。何が違う。ミルウォーキーの客と昨夜のマディソンの客の違いは何だ。何も思いつかない? だったら考えろ。ミルウォーキー、ミルウォーキー……。ミルウォーキーはいい豚肉を産することで名高い。うん、これでいい。舞台にでたら、それを使え。
ここまで読んで、曲の合間の語りのネタにするのかと思いました。「早速、ミルウォーキー名物のポークチョップを食べてみました」とかなんとか。
客には何も言う必要はない。ただ、歌うときに、それを心にとどめておくことが重要なんだ。目の前にすわる客は、うまい豚肉を食っている人々だ。豚肉に関しては一家言ある……。わしの言うことがわかるかな。そう思うことで、聴衆への手触りが生まれる。面と向かって歌ってやれる誰かになる。それがわしの秘密だ。プロからプロへ、これを伝授しよう。
なるほど。
すぐれた説は、ストーリー展開だけでなく細部までしっかりと書き込まれています。
仕事が忙しくなると、つい「締め切りまでにこなせばいいんだろ」という気になります。そうではなくて、仕事を届ける相手の手触りを感じなくてはいけません。
ライター、語学教師という仕事はそのうちAIに取って代わられるかもしれません。手っ取り早く情報を伝える原稿、文法の反復練習なら人間よりAIのほうがうまくやれるでしょう。
人間らしさが発揮できるとしたら、付かず離れずの微妙な関係性でしょうか。
そして、自分が客と呼ばれる立場になった時も、できたら、別の客とは違う存在になりたい。別にそれで特別なサービスを受けなくても、ただそう思ってもらいたいのです。
さすがに格安を売りにしていたり、全国均一のサービスを展開するフランチャイズ店でそれを求めるのは酷です。何軒か、そういう店をがあればそれで満足です。
日本で豚肉を最もおいしく食べているのは沖縄県民かも。そうめんがチャンプルーになるとこれほど味わい深くなるのかとびっくりしました。