翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

ブルーにこんがらがった一年間

ボブ・ディランの渋谷オーチャードホールのコンサートからちょうど一年。

忘れもしないコンサートの夜。チケットはかなり前に予約したもので、当日はカウチサーフィンでスペイン人作家をホストしているし、翌日は日本語学校の授業という切羽詰まった夜でした。
「明日の授業はうまくいくか」「学級崩壊になったらどうしよう」と不安を抱えながら、ディラン先生の歌に耳を傾けました。

私がこんな面倒な人生を生きるようになったのは、ディラン先生の影響です。
圧倒的な言葉の力を見せつけられ、自分も言葉を使う仕事がしたいと強く願いました。
小説家や詩人になる才能はなかったから、雑誌のライターとなり、それだけでは飽き足らず、外国人に日本語を教える仕事にも就きました。

ディラン先生の曲でどれか一曲を選ぶとなると迷いますが、『ブルーにこんがらがって(Tangled Up in Blue)』です。
なんといっても、歌詞がすばらしい。「10年の人生を、2年かけて書いた」とディラン先生は解説しています。そこはまあ、ディラン先生ですから現実とフィクションも交えての人生です。

「既婚女性と恋に落ち、彼女が離婚したから二人で西部を目指したけれど、暗くて悲しい夜に別れた」
"Split up on a dark, sad night"という歌詞にぐっときました。
「そして、数多くの女性に会ったけれど、彼女のことが忘れられない」
"I seen a lot of women,but she never escaped my mind"

先日、NHKの「世界はいりにくい居酒屋」でニューオーリンズの「ぬるいビール・まずい食事・不親切な接客」という店が紹介されました。
店のオーナーが客の漁師とともに漁に出ます。そこで「ここはボブ・ディランの歌にも歌われている」という説明が!

そう、こんな歌詞です。

しばらくコックをやっていたけれど、仕事は好きになれないし、クビになる。
ニューオーリンズに南下して、たまたま雇ってもらって漁船で働いた。ドラクロワ島の沖で。
So I drifted down to New Orleans
Where I was lucky to be employed
Workin' for a while on a fishin' boat
Right outside of Delacroix

去年、ディラン先生は欲しくもないノーベル文学賞を受賞し、大変な一年だったでしょう。

私も仕事人生で最もハードな一年でした。
心労で痩せるというのは本当でした。授業の前はがちがちに気緊張して、職員室でランチを食べている先生を見て「よく授業の前に食事ができるものだ」と思ったものです。
授業が終わったら終わったで、「あそこをああすればよかった、あれは失敗だった。次の授業はどうしよう」という思いが渦巻いて食欲は落ちる一方。ヨガ学校の通い断食をやっていたときより痩せました。

今でもまだ慣れたとはいえないのですが、とにかく一年を生き延びて、次の一年を迎えました。


祖父の出身地、愛媛県大島の漁村。私の祖先もこんなサイズの船で漁に出ていたのでしょう。
瀬戸内海の難所である来島海峡を知り尽くして水先案内もしていた村上水軍の血が私にも流れているのなら、こんがらがった人生をなんとか乗り切っていけるはずです。