翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

選ぶ人生、選ばない人生

先日の旅は、羽田から広島へ飛び、呉に直行しました。
この世界の片隅に』を見て、どうしても呉に行きたくなったからです。

駅前には、ロケ地マップが貼り出されていました。すずさんが嫁いだ北条家はどのあたりだろうと、山を見上げました。

この世界の片隅に』では、すずさんと義姉の径子さんが対照的に描かれていました。
請われるままに広島から呉にお嫁入したすずさん。夫となる周作は軍法会議所の録事です。文官ですから出征する可能性は低いし、当時の呉は東洋一の軍港として栄えていましたから、すずさんのお父さんは良縁だと考えたのでしょう。
結婚と同時に舅姑と同居で家事を任され、小姑の径子は出戻ってくるし、すずさんにとっては気の休まらない毎日でしょう。「私はよく人からぼうっとしていると言われる」というすずさんも、髪の気が抜けるほどのストレスです。

義姉の径子さんは、お父さんの再就職のお祝いの時計を買った時計屋さんと結婚して二人の子供ができましたが、病弱なご主人に先立たれます。時計店は壊され、義理の両親に長男を連れていかれ、長女を連れて実家に戻ってきます。

径子さんのせりふ。
「ねえ、すずさん。わたしゃ好いた人に早う死なれた。お店も疎開で壊された。子供とも会えんくなった。ほいでも不幸せとは違う。自分で選んだ道じゃけえね」
そして、すずさんにこう言います。
「周りの言いなりになって知らない家に嫁に来て、言いなりに働いて、あんたの人生はつまらんと思う」

そう、たしかに。
現代に生きる私たちは、選択肢があるのだからちゃんと自己決定すべきだと考えます。
すずさんの生きた時代、径子さんのように自分の道を選べる人は少数で、ほとんどの女性は周りの言いなりになるしかありませんでした。女性が自由に道を選べるようになったことは、喜ばしい進歩です。

でも、自分で選ぶのは本当にむずかしい。常に「これでよかったのか、選ばなかったほうの道がよかったんじゃないだろうか」という気持ちにさいなまれます。「もっといい結婚相手が現れるかも」と思うと婚活はいつまでも続きます。

選択肢の数が多すぎると、決められません。
http://d.hatena.ne.jp/bob0524/20161201/1480580010

結婚で住む街も仕事も名字も変わったすずさんは、すべては夢ではないかと思います。それでも夫の周作さんに親切にしてもらって、友達もできて、夢なら覚めないほうがいいと言います。
周作さんの返答。
「過ぎた事。選ばんかった道。みな覚めた夢と変わりゃせんな。すずさん、あんたを選んだんは、わしにとって多分、最良の現実じゃ」

戦争に翻弄されたすずさんの人生は悲惨なようでいて、夫にここまで言ってもらえるのは幸せなことだと思います。