翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

フラクタルな人生

四柱推命を学んだとき、おもしろいと思ったのが大運(たいうん)です。
四柱推命ではまず、誕生日(年月日時)で十干十二支4つの柱を出します。これは持って生まれた運。そこに流年や流月が関わって運気が変転します。

十二支は年だけでなく月、日や時を示します。
安産のために妊婦さんがお参りをするのは戌の日ですし、時代劇を見ると「丑(うし)の刻」といった表現が出てくるので、昔は時間も十二支で呼んでいたのだとわかります。

10年ごとに巡る大運では、ひとつの十二支が10年なので、すべての十二支を生きるためには120年かかります。
1年を生きれば四季を体験できますが、大運の季節は、せいぜい3つを生きられるかどうか。
SF小説の『辺境の惑星』では、ひとつの季節が5000日続きますが、それよりもスケールの大きい話です。
性別と生まれ年の陰陽の組み合わせにより、順運と逆運があるのも大運だけの特徴です。
私は冬の初めに生まれた逆運なので、秋から夏、春を生きて一生が終わります。

生まれた日とその月の節入りから大運は導き出されます。3日を1年、すなわち1ヶ月(約30日)を10年と考えるのです。

フランスの数学者マンデルブロが編み出したフラクタルという概念。図形の部分と全体が相似形になっていることです。
マンデルブロは金融市場の研究を続け、綿花の価格変動をグラフにすると、1日のグラフの形は1週間のグラフの形に似ているし、週間グラフは年間や10年間のグラフと同じパターンが見いだせることを発見したのです。

120年生きるとすれば、その人生のパターンは、12年、12か月、12日、24時間(一つの十二支は2時間ごと)のパターンと相似します。
もちろん、子供の頃に巡ってくる夏と老人の夏では過ごし方が違いますから、まったく同じではありません。
さらに話が面倒になるのは、その季節が本人にとって喜ばしいものかそうでないか(喜忌)を出すのがけっこう複雑なのです。

20代や30代では、大運が2つめか3つめですから、なかなか自分の人生のフラクタル構造に気づきにくいものですが、折り返し地点を過ぎると、自分のパターンが少しずつ見えてきます。

そして1日の流れは、一生の流れに通じていく。荒唐無稽な話のようでいて、1日1日を積み重ねて一生になるのです。

気が付けば私にとって今年は大運の変わり目。過去のパターンを振り返りながら、どんな展開になるかを考えているところです。


「日本の夜明けぜよ」は、国の歴史を一日の流れに俯瞰した名言ですが、坂本龍馬の言葉ではないそうです。