翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

しょぼい運でもそれなりに生きていく

9歳で祖母の祖国である日本に来て、才能を大きく開花させた野村達夫さんは、逆境をプラスに転じる力の持ち主です。
「野村さんのようにがんばって」と言われても、そうはいかない人が大半です。

日本語学校で外国人に日本語を教えていると、語学習得の才能は人によってそれぞれだと痛感します。
来日したばかりなのに、難なく日本語を使う学生に「国でかなり勉強してきたんですね。先生は日本人でしたか?」と声をかけると、「ネットで独学しました」という答え。
一人でここまでできるのなら、日本語教師は要らないんじゃないかという気になります。
母語はドイツ語で、英語とフランス語ができて、ラテン語ギリシャ語を学び、日本語は5つめの言語。「日本語とラテン語は構造が似ています」とさらりと言います。

これだけ外国人と接しているのだから、さぞかし英語が得意だったのだろうと思わることが多いのですが、中学時代は英語が大嫌いでした。記憶力に難があり、単語のスペルをおぼえるのが苦痛だったからです。
今も英語には自信がなく、外国人学生に英語で説明するとき「こんな語学のセンスのない教師で大丈夫か」と思われるんじゃないかとびくびくしています。

もちろん学生すべてが語学の才能に恵まれているわけではなく、アニメや漫画にひかれて日本語を勉強することにしたけれど、こんな面倒な言葉だと思わなかったという学生のほうが多数派です。そういう学生たちが、ストレスを感じることなく、少しでも日本語の楽しさを伝える授業を目指しています。

私の本業は文章を書くことですが、才能があったかというと、それも疑問です。

村上春樹のQ&Aサイト「村上さんのところ」で「文章はどうしたらうまくなるでしょう?」という質問に対する村上春樹の答え。

文章を書くというのは、女の人を口説くのと一緒で、ある程度は練習でうまくなりますが、基本的にはもって生まれたもので決まります。まあ、とにかくがんばってください。

語学も文章力も、もって生まれたもので決まる。努力はあまり関係ないし、そもそも努力できるかどうかも、もって生まれたもの次第。

それでもなんとか、もって生まれたものを活用して生きていくことはできます。
私は小説を書くような文才には恵まれなかったけれど、得た情報を決められた文字数にまとめるのは得意でした。
大学時代、資料持ち込み可の記述式試験では、おもしろいように高得点が取れました。レイアウトの文字数に合わせて原稿を書くという雑誌ライターの仕事は、まさに私のための仕事だと思ったものです。
ちょうど私の職業年齢が雑誌全盛期と重なったため、20代から40代はこなしきれないほどの仕事の注文を受けてきました。今、私が20代だったら、別の道を探していたでしょう。

自分に与えられた限定された能力を活かせる場所を見つけられるかどうかが、運不運の分かれ目です。