日本語学校のある日の作文クラス。
20代のカナダ人学生。社会人で、長期休暇で来日したとのこと。
「ゲームが好き」というので「日本のゲームの『ファイナルファンタジー』や『ドラゴンクエスト』を知っていますか」と聞いてみました。
彼はにっこり笑ってこう答えました。
「私はカナダのスクエアエニックスの社員です」
20代から30代にかけて、この二つのゲームを延々とやっていました。
スクエアとエニックスが合併した時は本当にびっくりしました。当時はビジネス記事も書いていて、取材にも行ったものです。海外進出を果たしたスクエアエニックスの社員に日本語を教える日が来ようとは…。
ゲームといえば思い出すのが、この夏に教えたホセ。こんな作文を書きました。
「私の一番最初の記憶は、父のひざの上で、父がニンテンドーのゼルダをプレーするのを見ていたことです」
海外のオタク第二世代が日本語を学ぶ年齢になったんだと感慨深いものがありました。
ホセの夢はゲームプランナーになること。そのためにゲーム先進国である日本に留学しました。
「じゃあ、作文のテーマもゲームにしましょう。どんなゲームが好きか書いてください」とテーマを与えると、ホセは目を輝かせて書き始めました。
ホセが好きなゲームのタイプは「rougue」。
う…なんだろう。
私の授業では辞書としてスマホやタブレットの使用も解禁しており、学生がカタカナ表記がわからずアルファベットで書いた言葉もその場で検索することにしています。
rougue(ローグ)とは、ダンジョン(迷宮)探索型のコンピュータRPG。
ダンジョン…ということは、『トルネコの大冒険 不思議のダンジョン』もローグ?
私が廃人になるほどやりこんだゲームです。
ダンジョンでモンスターと戦いゴールドを得て、アイテムを拾う。レベルアップしながら、地下へと降りていきますが、HPがゼロになるとゲームオーバー。せっかく集めたゴールドもアイテムもすべて失い、レベルも1に戻り再びダンジョンの1階から冒険を始めます。
いい武器や防具が手に入っても、ふとしたミスで命を落とすこともあれば、しょぼい武器と防具でも機転を利かせて生き残ったり。武器も防具も申し分なく、ミスもしないのに、パンが手に入らず飢え死にすることもあります。
『トルネコの大冒険』のキャッチコピーは「1000回遊べるRPG」ですが、私は1000回以上やりこんだかも。
『トルネコの大冒険』は前世の記憶を持つ輪廻転生です。
何回も繰り返してさまざまな失敗(死)を繰り返したことで、経験値は高くなっています。
ホセにトルネコの話をすると、秋葉原の中古ゲーム屋を巡ってソフトを手に入れました。自宅にはスーパーファミコンがあるそうです。
「先生がそんなに好きなゲームなら、僕も絶対やってみる」とホセ。
卒業時には「先生は私に日本語のスキルを与えたマスターです」とイラスト入りの感謝状をもらいました。
トルネコ中毒にになっていた時期、こんなことやってていいのかと落ち込んだものですが、20数年を経て、外国人学生との強い絆が生まれるきっかけになるとは。
私が教えている作文クラスは、まさにダンジョンのようなもの。
せっかく育てた学生も時期が来れば卒業していきます。そしてまたレベル1の学生が入ってきて、自分の名前をカタカナで書くことから始めます。一方で、母国の大学で日本文学を専攻していて、いきなり源氏物語について書き始める学生もいます。
同じことを繰り返しているようでいて、さまざまなタイプの学生と接することで経験値を得て、教師としての私のレベルは少しずつ上がっているはずです。
引退して高齢者施設に入ったら、日がな一日トルネコで遊ぶつもりです。
認知症になってもトルネコだけは、うまく遊べるような気がします。
ダンジョンで悟りを得る人もいれば、迷いながらダンジョンを行ったり来たりする人生もあっていいと思います。