翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

2016冬至「一陽来復!易で占うあなたの2017年」ありがとうございました

天海玉紀先生のおかげで、冬至の夜に易の会を開くことができました。

今年で2回目。講座ではなく、各自が年筮を立てる会です。
参加者は6人。これが易の六爻に対応し、玉紀先生と私を加えて8人となり易の八卦に。

玉紀先生が告知から受付まですべて担当してくださり、本当にありがたいことです。
満席になったところで、もうお一方、昨年も参加してくださった方からも申し込みあったそうです。私にとって易の神様はとてもおおらかなイメージがあり、易を知りたいという方なら誰でも歓迎するはずです。そこで、「どうぞいらしてください」と連絡してもらいました。
結局、お一人のキャンセルが出て、6人ぴったりとなりました。
こういう予兆があると、易の会自体、とてもうまくいくような気がしてきます。

昨年の冬至に立てた私の年筮は、沢天夬(たくてんかい)の初爻でした。
沢天夬が出た時点で、「うわ、勘弁してほしい」というのが本音。

沢天夬といえば、佐久間象山。将軍・徳川慶喜に呼ばれて京都に上がる前に、沢天夬の上爻を得ています。
爻辞は、「号(さけ)ぶことなかれ。 ついに凶あり」。
佐久間象山は、自分が倒れることを知りながら京都へ赴き、刺客に襲われて絶命します。

私が得たのは初爻で、「前進する意気は盛んだが、進んでも勝ち目はなく災いをなす」。初爻で力不足の時、勝算がないので、万事控えるべきと解釈するのが一般的でしょう。

この時、私は、日本語教師養成講座を受講中でした。
老後にやることがなくなったら外国人に日本語を教えるのも悪くないので資格だけ取っておこうという軽い気持ちで始めました。でも、資格を取ったというだけでは、役に立ちそうにないことがわかり、修業のためにどこかで教えることを考えていました。

沢天夬の初爻。力不足は明らか。進まないほうが無難。たしかに当たっている。
でも、それでいいのか。今、進まなければ、一生、進まないのでは。

佐久間象山の占例を読んだこの本には、こうあります。

すぐに役立つ銭流「易経」 (すぐに役立つシリーズ)

すぐに役立つ銭流「易経」 (すぐに役立つシリーズ)

占いを、運命から逃げるために使う人もいる。運命と戦うために使う人もいる。占いは絶望の前兆である。希望の灯でもある。占わなければ何もできない人もいる。占うまでもないと、占う人もいる。どちらにするかは、あなたの”決”にかかっている。

沢天夬の「夬」は「決」です。
そして、「佐久間象山ほどの大人物でもないのに、『沢天夬』が出たから暗殺をおそれるのはどうかと思う。人それぞれの器に応じて結果が出る」といったことが書かれていました。

だったら私には、どんな形で「夬」となるのか。そんな好奇心もあって、日本語学校で教えるようになりました。「占いを、運命から逃げるために使う」のはまだ早いと思ったからです。
失敗続きで、心労で胃が痛くなる日々が続きましたが、年筮で指摘された通り、自分が力不足で使い物にならない新人(初爻)であることを常に意識し、教務主任の指示に従ってきました。

2回目の年筮講座の日、昼は日本語学校での授業でした。
「今日は、昼が短いです。夜が長いです。日本人は、ゆずのお風呂に入ります。かぼちゃを食べます。ゆずとかぼちゃは、太陽のシンボルです」という話から始めました。
ドイツ人の学生が多く、スイス人の学生もいたので、易経をヨーロッパに伝えたリヒャルト・ヴィルヘルム、そしてヴィルヘルムが易を教えたユングに簡単に触れました。

夜の易の講座では、ユングから易に興味を持ったとおっしゃる方もいて、世界はこうやってつながっていくんだと実感しました。

そして、玉紀さんと私を含めて8人それぞれに、ふさわしい卦を易の神様がおろしてくださいました。
昨夜得た年筮の意味が「こういうことだったんだ」と完全に腑に落ちるのは、1年後の冬至でしょう。

なんでもネットで情報が得られる時代ですから、易だって占いサイトで卦を得て、爻辞を読むこともできます。
でも、冬至の夜にウラナイ・トナカイの2階に集い、緊張しながら筮竹をさばく時間は、その場にいなければ共有できません。あの場に、易の神様は喜んで降りてきてくださったと思います。


私の年筮は、沢雷随(たくらいずい)の三爻。なんと、ボブ・ディランもこの卦を得ています。
http://d.hatena.ne.jp/bob0524/20151122/1448158772