翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

平穏死を迎え、墓に入らない

人間は、いつ死ぬかわかりませんし、安楽死が認められていない日本では、死ぬ時期をコントロールできないと思っていました。
私が恐れているのは、病院のベッドに縛り付けられ、延命治療によって延々と生かされ続けること。でも、そうなったらそうなったで、自分では何もできないのだから受け入れるしかないのでしょうか。

でも、医師の石蔵文信氏のこのインタビューを読んで、考えが変わりました。
http://www.minnanokaigo.com/news/special/fuminobuishikura1/

「ごはんが食べられなくなったら、人間は5日くらいで自然に息を引き取る」とあります。
それなのに、病院に担ぎ込まれるから、病院側も処置をしなくてはいけなくなり、本人も苦しいだけの延命治療となってしまう。多額の医療費もかかります。
石蔵氏によれば、平穏死を推進する医師や病院も増えているそうです。日ごろから近しい人に、延命治療を受けたくないと言明し、エンディングノートなどに文字にして書いておくことも必要でしょう。

そうして平穏死できたとして、次は葬儀。
自分は死んでいるのだから関係ないといえば関係ないのですが、残された人の負担を少しでも軽くするように、できるだけの手を打っておきたいものです。

経済評論家の山崎元氏が、仏教のお葬式・お墓なしでお父さんを見送ったというこの記事が大いに参考になりました。
http://diamond.jp/articles/-/109622

通夜や告別式を行わなければ、家族の負担はぐっと軽減されます。
葬儀社や納棺師、火葬場などの総費用は、棺代なども含めて、約37万円とのこと。
宗教儀式のない弔いは家族でゆっくり、心のこもった別れとなったそうです。

こういう見送りが可能だったは、お母さんの英断と行動力があったからのこと。

お墓及びお寺が、子孫の負担になるとの考えの下、彼女は、息子・娘に相談して、お墓を撤去し散骨を行い、件のお寺と縁を切る意向を固め、これに父も同意した。

お父さんが90代ということは、お母さんも同じような年代でしょう。40代、50代ならまだしも、その年でよく決断できたと感心します。

10年ほど前、田舎にあった墓を兄と二人で移転させたことがあります。実家自体が転居しているため、墓も移すべきだとうるさい親戚に言われたためです(その親戚も今や鬼籍に入ってしまいました)。
何をどうすればいいのか、皆目わからず途方に暮れました。当時はアマゾンのお坊さん便もありませんでしたから。大手の仏壇屋さんに相談するといいとアドバイスしてくれる人がいました。結局、公営の霊園の申し込みからお寺の紹介までぜんぶやってもらい、大助かりでした。

そのお墓に私が入ることはないので、自分の墓を用意しなくてはいけません。
同世代の友人には、単身者用の墓を購入したという人もいます。独身者や子供がいない場合、墓はあっても、そこまで遺骨を運ぶ手立てを考えておく必要があると思ったのですが、最近はゆうパックで受け付けてもらえるそうです。

本格的な高齢化社会を迎え、死や弔い、墓を巡る事情は大きく変わりつつあるのでしょう。「こうでなければならない」という思い込みを捨てれば、納得できる方法が見つかりそうです。