翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

名前をみつける

日本語学校の作文授業では、クラス全体に一つのテーマを与えてそれぞれのレベルに応じて日本語を書くようにしています。
6週間で1サイクルで、最初は自己紹介から。
初心者は、出身国や年齢、誕生日。もう少しレベルが上がると、自分の名前について書きます。名前にどういう意味があるか、誰が名付けたのか、ニックネーム、日本ではどう呼ばれたいかなど。LやR、Vの入った名前は、日本人が発音すると、母国語とは違った感じになります。

日本オタクが多いので、マイケルを「舞家流」など名前を漢字で書きたがる学生もいます。
暴走族の「夜露死苦」みたいですが、ドナルド・キーン博士も鬼怒鳴門という日本名で帰化しています。

古くはエドガー・アラン・ポーから江戸川乱歩
名探偵コナン』の江戸川コナンは、エドガー・アラン・ポーコナン・ドイルが合体した名前だと説明すると、アニメ好きの学生たちは興奮します。

「先生、私の名前を漢字にしてください」と頼まれることもよくあります。
日本の名前を私に付けられると、あなたのパワーを奪っちゃうよ、と湯婆婆のようにほくそ笑みます。
宮崎アニメの『千と千尋の神隠し』では、「千尋」という名前を奪われ「千」と名付けられたことで、千尋は元の世界への道がわからなくなるのでした。

そう、名前は大事。
占い師に子供の名付けや改名を頼む人がいますが、せっかくの命名の権利を占い師に明け渡すなんてもったいないと私は思います。

私の本名は「明子」というシンプルな名前です。子が付く名前は古くさいし、真理とか絵里のような洋風の名前にあこがれたものです。
しかし、日本語学校で学生に名前を説明する時には好都合です。日も月も最初に習う漢字ですから、日と月で明るいという感じになり、両親は私にいつも明るくあるように願って名前を付けたと説明できます。
(実際は、船乗りの父が航海中に生まれ、乗船していた船が「明海丸」だったので「明子」になりました)

名前は付けるものではなく、みつけるもの。
そう教えてくれたのは、ボブ・ディラン
本名はロバート・アレン・ジママン。17歳の時、「名前をみつけた。これからのぼくの名がわかった」とボブ・ディランと名乗り始めます。

トム・ティット・トットボブ・ディラン
http://d.hatena.ne.jp/bob0524/20130606/1370475677

だから私も、学生の日本名を決めつけず、複数の候補を出して、学生に選ばせるようにします。
ベルギー人の学生は、ファーストネームではなく、ファミリネームのアントワーヌを漢字にしようとしていました。そしてたどり着いたのが第16代ローマ皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌス(Marcus Aurelius Antoninus)。中国では大秦国王の「安敦」と呼ばれていたらしいとのこと。

こんなふうに、私が教えるというよりも、学生から教えられることがよくあります。苦労も多く、なんでこんなことを始めたのだろうと後悔しつつも、日本語教師という仕事はなかなか楽しいと思えることもあります。


台湾、嘉儀の檜村に掲げられていた額。嘉儀農林が「甲子園」に出場したことが後世まで称えられているのは、六十干支のトップの「甲子」だからこそ。甲子園が竣工した1924年は甲子(きのえね)の年。完成が1年遅れて「乙丑園」では、ありがたさもいまひとつです。