翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

伸び縮みする時間

ようやく9月が終わります。
「ようやく」と書いたのは、3月から長い長い半年間だったからです。

3月から日本語教師として教壇に立つようになり、「なんでこんな難儀なことを始めたのだろうか」と過去の自分の決断を責めてばかりいました。失敗の連続で、学生には本当に申し訳ないことばかり。
活字媒体の衰退にともなって、本業のライター仕事が徐々に減ることを見越して日本語教師を始めたのですが、皮肉なことに、この半年間は原稿依頼が増え、綱渡りの時期もありました。

日本語教師の仕事は、苦しいからといって、すぐに投げ出せるものではありません。非常勤でも、時間割に組み込まれているのですから、途中で辞めると学校に迷惑をかけます。
先輩の先生からは、「続けているうちに楽になる」とアドバイスされたのですが、いったいそんな時が来るのか、想像もつきませんでした。

半年が過ぎて教員室で周囲を見渡すと、私より後に学校に入った先生たちがけっこう増えてきました。日本語教師は出入りが頻繁にある業界のようです。

3月まで通っていた日本語教師養成講座に久しぶりに出向き、お世話になった先生と再会したのですが、生徒として学んでいたのがずいぶん昔のことのように感じられました。

「年を取るにつれ、時間の流れが加速していく」と言われます。
子供の頃の一年は長かったのに、大人になるとあっという間に感じられるのは、子供は日々新しい体験をするけれど、大人はワンパターンの日常の繰り返しだからという説明があります。
なるほど、この半年間がとても長かったのは、日本語教師として新しい体験なかりだったからでしょう。たとえ教える内容が同じでも、学生が替わると授業も変わります。

人生も後半戦に差しかかると、あと何年生きるのだろうと考えるようになります。
寿命は何年何ヶ月といった機械的な時間の長さで計られますが、同じ時間を生きていても、体感する長さはまったく違います。

この半年間のような苦しく長い時間(楽しいことも多少はありましたが)は、もう勘弁してほしいと思う反面、何の制約も変化もなく、またたく間に時間が過ぎて気がついたら死期を迎えていたというのは、つまらない人生です。
理想は適度に刺激があり、ゆとりもある生き方ですが、なかなか思い通りにはならないでしょう。


温泉三昧の生活にもあこがれるのですが、毎日やることがなく、ただ温泉に入るだけだったら…?
適度に働き、骨休めに温泉というのが、ちょうどいいのかも。

ジョージ・バーナード・ショーの名言。
A perpetual holiday is a good working definition of hell.
永遠の休日とは、地獄の実際的な定義である。