翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

言葉の宝石

3月から日本語教師として教壇に立っています。
経験もなく、下手くそな授業で学生には本当に申し訳ないことばかり。やめたほうがいいんじゃないかと思うことの連続ですが、「学期途中でやめるのはまずい」「後任の先生への引継ぎも大変だろう」と続けているうちに半年がたちました。

私が担当している授業の一つが作文。
日本人より上手な作文を書く学生もいれば、「あいうえお」もおぼつかない学生もいて、『大草原の小さな家』の学校のようです。
http://d.hatena.ne.jp/bob0524/20160714/1468459929

先週、修了した学生がこんなことを言ってくれました。
「私はこのクラスが一番好きです。ゆっくり考えて、日本語を自分の中にインプットできるから」

レギュラークラスは毎日のクラスで、カリキュラムがきっちり決まっているので、脱線はできません。私が担当しているのは週2回の選択クラスですから、教師の自由裁量が大きいのです。レギュラークラスを担当している先生に比べて私はずいぶん楽をさせてもらっています。学生の褒め言葉で単純に喜ぶわけにはいきませんが、わざわざ言葉にして伝えてくれるなんて、本当にありがたいことです。

エドナ・オブライエンの『カントリー・ガール』の一節を思い出しました。

カントリー・ガール (1977年) (集英社文庫)

カントリー・ガール (1977年) (集英社文庫)

アイルランドの田舎娘、ケイズリーンが村の名士、ミスター・ジェントルマンから「君のようなかわいい人は、今まで私の前に現れたことがない」と言われます。ケイズリーンは、その言葉を思い出すたびに幸せな気持ちで満たされます。

It was like having a precious stone in my pocket and I had only to say the words in order to feel it, blue, precious, enchanting...my deathless, dethless song.
それはポケットに宝石を入れている気持に似ていた。それにふれるためには、その言葉を言いさえすればよかった。青い、大切な、うっとりするようなーーわたしの永遠の、永遠の歌。(大久保康雄・訳)

言葉を教えている教師ですから、学生へ宝石のような言葉を贈りたい。
そして、学生からも、うっとりするような言葉をもらえたら、こんなにすばらしいことはないと思います。


神社の狛犬は、口を開けているのと閉じているので阿吽の一対になりますが、横須賀の西叶神社の狛犬は、左右とも口を開けています。対岸の西叶神社の狛犬は両方とも閉じているようにみえ、東西でペアになっているともいわれています。