翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

いつから余生?

「忙しい自慢」をするのは格好のいいものではありませんが、この7月は超多忙でした。

一つには、教えている日本語学校の短期留学生が夏休みで激増したこと。他の先生方も手一杯になり、代講を頼まれることがあったからです。

中上級のクラスは、文法を教えるというよりも、学生たちとやり取りしながら、語彙や日本文化への理解を深めていく授業です。だから教案をきっちり作り込まなくていいのですが、空回りしたらどうしようと不安でした。
しかも、授業開始が朝の8時という日も! 日頃の起床時間です。寝過ごすのが怖くて、朝5時に目が覚めると、もう眠れません。

多くの学生に教えましたが、職員室に私を訪ねてくるのは、日本語の質問ではなく、レアなポケモンをゲットしたとか、うまい駄洒落を思いついたという報告のためです。本筋より与太話のほうが印象に残ってしまうとは…。

そして、7月の第2週からフィンランド人学生のソフィーのホームステイが始めました。下宿屋状態の手抜きホストマザーですが、それでも家事は増えます。
さらになぜか、こんな時に限って本業も忙しくなります。事情を話して断ろうとするのですが、「そこをなんとか」と編集者に押し付けられます。

なんとかこの7月を乗り切ったのですが、2年前に友永ヨーガ学院で通い断食をやった時と同じぐらい痩せました。

忙しさのピークを過ぎ、読んだのがこの本。何もかも詰め込んでしまう自分を反省して。

しないことリスト

しないことリスト

phaさんは、30歳くらいから「もうこれからは余生」というつもりで生きているそうです。
エネルギーが有り余っている私は、30歳ではとてもそんな風に思えませんでしたが、さすがに50代半ばとなると、余生を考えるようになりました。

「自分はもっと早く死んでいてもおかしくなかった。今の人生は余生とかオマケみたいなものだ」と思えば、どんな厄介な出来事が起こっても「人生はいろいろあるなあ」と思って楽しむ余裕が出てくる。

いつになったら、こうした境地に達することができるものやら。
しかし、いつまでも体力や気力が続くわけがないし、「生涯現役」というのは、本人はいい気分でも周囲には迷惑でしょう。
教壇に立つのが負担になってきても、ホームステイのホストは続けられるかもしれないし、原稿の依頼がなくなれば、こうしてブログを書いていればいいわけだし。

突然死しない限り、余生はいつか必ずやって来ます。
強欲でエネルギー過多の私は、不完全燃焼のまま余生を迎えるのがいやなんです。「やることはやった」と思えるために、今は走り回っています。


温泉巡りも余生の大きな楽しみの一つ。修善寺温泉にもゆっくり滞在したい。