翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

アンネと観る『生まれてはみたけれど』

連休にフィンランド人のアンネが我が家に1週間滞在しましたが、私は本業のライターと副業の日本語教師でてんてこ舞い。

アンネからはコンサートやイベントに一緒に行こうと誘われましたが、「悪いけれど、仕事が手一杯なので無理。一人で自由にどこでも行って。夜はビールぐらい一緒に飲めるかもしれないけれど。気にしないで、いつでも好きなだけ滞在していいから」と返信しました。

そしてアンネがやって来ましたが、夜にも仕事がずれ込んでしまい、私は原稿を書き、アンネは日本語の勉強をするという図書館の自習室みたいな状態に。

カウチサーフィンのサイトでは「我が家は無料ホテルではありません。文化交流に興味がなく、ただ寝る場所を求める人はお断り」と書いているホストがいますが、今回のアンネはホテル代わりに使ってもらいたいというのが本音でした。日本とフィンランドでもう何度も会っているからできることで、初対面のカウチサーファーが夜遊びして寝るためだけに帰り、翌朝から遊びに行くというのでは、気分を害するホストが多いでしょう。

それでも、なんとか時間を作ってアンネと日本映画を観ることにしました。
アンネはフィンランドで高い競争率を突破して「文化ジャーナリスト」の資格を習得したそうです。書類審査をパスし、日本にいながらにすてスカイプで面接を受け、みごと合格。文化的な記事を書くために国から予算が出るという、うらやましい資格です。

これほど日本に入れ込んでいるアンネですから、フィンランドの新聞にも日本がらみの文化記事を書くことが多くなるのでは。そこで小津安二郎の『生まれてはみたけれど』をTSUTAYAでレンタルしました。

フィンランドを代表する映画監督アキ・カウリスマキが「私の墓には『I was born, but』と刻んでほしい」と話しています。

"I was born,but"の原題が『生まれてはみたけれど』。

無声映画なので外国人にもわかりやすく、アンネは日本語を勉強しているので、字幕を日本語で読んであげ、理解できないところだけ英訳しました。

自分の父親は偉いと信じていた子供が、上役の家でぺこぺこする父親を見て失望するというストーリーです。
日本人なら、ほろ苦い感情とともに共感できるのですが、アンネはフィンランド人にはそういう感覚はないといいます。
フィンランドでは教育費が一切無料なので、貧しい家に生まれても高等教育を受けることができ、親の職業を意識することなんてあまりないとのこと。
たしかにアンネは自らの努力で道を切り拓いてきたのでしょうが、努力できるかどうかも遺伝に左右されることが多いのでは。この本には、そうした残酷な事実が羅列されています。

言ってはいけない 残酷すぎる真実 (新潮新書)

言ってはいけない 残酷すぎる真実 (新潮新書)

「どんな親の元に生まれるか、誰も選ぶことができない」と私。アンネもその点は同意しました。
社会のシステムがいかによくできていても、生まれによる格差をゼロにすることはできません。
私がカウリスマキ映画を愛するのは、人生はフェアではないと受け入れて淡々と生きていく人々を描いているからです。


島根のお寺でのアンネ。