翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

ブルーにこんがらがった同窓会

今年の会場は渋谷のオーチャードボール。
ボブ・ディランを人生の師と仰ぐ私は、公演というより同窓会で恩師と再会するようなもの。御年74歳ですから、何を差し置いても行かなくては。

ディラン先生の気まぐれで、お台場のライブハウスで開催されたときは、先生のお姿がまったく見えませんでしたが、今回は快適。座ったままで舞台が見渡せました。

浦沢直樹氏は5日の公演を見たそうです。私は6日でした。 
http://www.asahi.com/articles/ASJ493CLXJ49UCVL001.html
客が望んでいるのは過去のヒット曲だけど、ほとんどが新曲。

いつもお客さんを置いてきぼりにして、自分はどんどん先に行っちゃう。一回やって成果が上がったら、もうやらないんです。そこに未練はなくて、「さあ、次へ行こう」って。

まさにそう。「ディラン先生、私はこんなことをやっています」と報告したいのに、先生はそんなの知ったことじゃない。自分がやりたいことをやっているだけです。
「ディラン先生のおかげで」なんて言ったところで、「何も教えた覚えはない!」と突き放されるのがオチです。

60年代から70年代のヒット曲は3曲だけ。そのうちのひとつが私のテーマ曲"Tangled Up In Blue"でした。

The only thing I knew how to do
Was to keep on keeping on like a bird that flew
Tangled up in blue.
わかっているのは、鳥が飛ぶように続けることを続けるだけだ
ブルーにこんがらがって

初めてディラン先生を聴いてから40年近く。ずっと聞き続けて、ずっとこんがらがったまま。
特に今年の4月は新しい仕事(日本語教師)にも首を突っ込み、毎日が混乱状態です(それでもスペイン人作家をホストし、ディラン先生の公演にも行くものだから、ますます混乱することに)。

10代や20代の頃、50代といえばもう老境で、たいていのことには驚かず悠然と生きる人のイメージでした。しかし、実際に50代になってみると、あたふたすることばかり。
勝手に先に行く70代ディラン先生からのメッセージは「混乱しようがどうしようが、とにかく飛び続けろ」。

ディラン先生を知ったからこそ、自分も何かを表現したい、そして英語を勉強して外国人とコミュニケーションしたいと思うようになりました。そして今、出来不出来はともかく、思い描いたことに取り組んでいます。


高校時代にディラン先生と出会った日本限定発売のアルバム。3枚組LP(!)はけっこうな値段で、買うのを迷いましたが、その後の運命を変えました。