翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

アーヘンの靴なおし

須賀敦子ヴェネツィアの宿』で心を揺り動かされたのが「カティアが歩いた道」です。

ヴェネツィアの宿 (文春文庫)

ヴェネツィアの宿 (文春文庫)

カティアとは須賀敦子がパリ留学中に滞在していた寮のルームメイトのドイツ人です。
1950年代当時、須賀敦子は20代後半、カティアはそろそろ40に手の届く年齢。戦争中に子供時代を過ごした須賀敦子に対し、カティアは「戦争についての何らかの意見や選択の余地があった」世代です。

アーヘンの公立中学校の教師を辞し、宗教や哲学にどう関わるべきかを知るためにしばらくパリに滞在するというカティア。
そんな理由で海外暮らしをするとは、なんと高尚な。
「いまここでゆっくり考えておかないと、うっかり人生が過ぎてしまうようでこわくなった」とカティアは言いますが、現在50代半ばの私は、そんなことを考えることなく、人生は瞬く間に過ぎてきました。

カティアが読みふけっていたのがエディット・シュタインの哲学書です。
シュタインは東部ドイツのユダヤ人家庭に生まれ、哲学を専攻。ナチスによるユダヤ人迫害が始まると、同胞の救済を祈るためにカルメル会の修道女となります。迫害から逃れるためにオランダの修道院に身を隠しましたが、ドイツ軍のオランダ侵攻で捕らえられ、アウシュビッツで死を迎えました。

ヨーロッパ関連の本を読んでいると、不意打ちのようにホロコーストが出てきます。
断捨離を思い立った時も。
http://d.hatena.ne.jp/bob0524/20150305/1425518069
アドラー心理学を読んでいても。
http://d.hatena.ne.jp/bob0524/20150507/1430961135

カティアがエディット・シュタインに興味を抱くきっかけとなったアーヘンの女性の話が、心を打ちます。

靴なおしで生計を立てている小柄な女性で、修繕を頼みに来る人がやっと入れるような小さな道で、靴の裏を貼り換えたり、すりへったかかとを打ち付ける仕事をしています。
もともとエディット・シュタインと同じ修道院にいたけれど、彼女の死を知り、高い塀に守られていきる修道院の生き方に疑問を抱き、「ふつうの人間の暮らしをしながら、深い精神生活を生きられないか」と考えて修道院を出たそうです。

そして、数十年後に須賀敦子と70代のカティアは東京で再会を果たします。
桜の季節なので、東京の春を満喫してほしいと市ヶ谷を二人で歩きます。

「桜なんて、ほんとうはどっちでもいいのよ」カティアがひくい声でいった。「あなたに会えただけで、私は満足しているの」

願わくば、こんな言葉をかけてくれるような人と、これからも巡り会えますように。


今年もまた桜の季節がやって来ます。