翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

大旺、あるいは好事魔多し

台北の士林市場で転んで前歯を折ったものの、折れ方がよかったのか、歯科医の腕がいいのか、仮歯を装着して何の不都合も違和感もありません。

痛いのは、セラミックの歯の代金の経済的損失だけです。
これが、予定していたウラナイ・トナカイの開運講座をキャンセルする羽目になっていたら、一度失った信用を取り戻すのは並大抵のことではありません。お金で済むことならそれでいいじゃないかと割り切っています。

こういうアクシデントがあるたびに、運について考えます。
占い師は運を扱う仕事のはずなのですが、運を完全に理解してコントロールしている占い師は少ないように思います。運の悪い占い師やお金に困っている占い師を山のように見てきましたから。

「占い師でも持って生まれた運の器の大きさは変えられない」などと説明されます。
どんなに開運術を施しても、平凡な人間がプロ野球選手になったり総理大臣にはなれません。

運の波、というのもあります。四柱推命なら、自分にとって吉となる五行、凶となる五行を割り出せば、大運や流年の運、不運はある程度予測がつきます。

しかし、実際の人生では、吉凶が入り乱れて、すぱっと割り切れるものではありません。
たとえば先日の台湾旅行にしても、士林市場で転ぶまでは大吉。カウチサーフィンを活用して嘉儀の陳君と知り合って心のこもったおもてなしを受け、意気揚々と台北に戻ってきたのです。
それから後が凶。大凶ではありません。大凶なら台湾で入院、帰国延期というレベルです。

断易の講座で「大旺(だいおう)の事例」を習いました。
断易は文字通り断ずる易ですから、吉凶が周易よりもはっきりわかるといわれています。占った瞬間の干支暦により、占的の勢いの強弱がデジタルに出ます。

しかし、これがなかなか曲者で、あらゆる項目がすべて「吉」を指し示すと、それはゴムボールに空気をぱんぱんに入れたような状態で、強すぎるから「凶」と読むのです。これが「大旺の事例」。陽の極みは、極まった時点で陰に転じるのと同じく、あまりにも吉が強すぎると、凶が入り込みます。

「好事魔多し」と言い換えてもいいかも。
あるいは、「旅先で何もかもがうまく行ったら、それは旅行じゃない」という村上春樹の教え。

d.hatena.ne.jp

私たちは往々にして、運が悪い時は「もうだめだ、何をやってもうまくいかない」と絶望し、ラッキーなことが続けば「何をやっても大丈夫だ」と有頂天になります。
大吉には小凶が入り込み、大凶には小吉が入り込む。そのくらいの心構えでいるのがちょうどいいのかもしれません。
だったら占い師なんか要らないじゃないかと言われそうですが、全体的な吉凶の流れを見るためには有効ですし、自分とは違う視点で流れを見ると、おもしろい発見があるものです。


東洋占術の書籍を揃える台北の進源書局。龍山寺の近くにあります。