翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

「いつも見知らぬ方の親切に頼ってきました」

めったに病気もせず、病院にはなるべく行かずに生きてきたのですが、歯科には歯のクリーニングで定期的に通っています。

そして、眼科にも通うようになりました。緑内障です。
リタイアしたら、好きなだけ本を読み、映画を観ようとたくらんでいるのに、目が悪くなってしまっては膨大な暇を持て余すことになります。

もともと目は丈夫だったのですが、高校時代に近眼になりました。
勉強のしすぎでと言いたいところですが、アガサ・クリスティにハマったせいです。学校から帰宅してクリスティを読み始めると結末が知りたくて夢中になり、気がつけば家族から「そんな暗いところで本を読んでいるなんて!」とあきれられていました。
その後はゲームにハマり、パソコンで原稿書きと、目を酷使してきました。

今のところ、手元の本やパソコンにピントが合うのでメガネをかけるのは映画の字幕を読む時ぐらいです。
老眼は意識したことがないのですが、いつかは近くも見づらくなるのでしょう。
そして、老眼の前に眼底検査で「視神経乳頭陥凹拡大(ししんけいにゅうとうかんおうかくだい)」が指摘されてしまったのです。

それにしても、眼科は待ち時間が長い。ひたすら待つしかないので、読書タイムと割り切ることにしました。
そして、眼科の患者は圧倒的に高齢者です。歯科のようにネットで予約なんてことができないのは患者層も原因の一つかもしれません。

入口近くの席で本を読みながら待っていたら、足元もおぼつかないおばあさんがやってきました。靴を抜いてスリッパに履き替えるのにも時間がかかります。見かねて手を貸し、席を譲り、代わりに診察券を受付に出してあげました。
おばあさんに「いつも人から親切にしてもらって助かっています」と言われ、テネシー・ウィリアムズ欲望という名の電車」の名台詞を思い出しました。

I have always depended on the kindness of strangers.
いつも見知らぬ方の親切に頼ってきました。

映画「オール・アバウト・マイ・マザー」で「欲望という名の電車」が劇中劇だったので、この台詞が効果的に使われていました。

人を頼らず、自立した老後を目指すべきですが、時間には勝てません。最後には、人の親切に頼ることになるのでしょう。自分がみじめになってやたらと卑下したり、あるいは認知症ぎみになり、年寄りなんだから大切にされて当たり前という困った老人になる可能性もあります。

この台詞をさらっと口にできるおばあさんは、なかなかの人物ではないでしょうか。
高齢者だらけの眼科通いは老いのレッスンのようなものです。


愛媛県の大島にいた毛並みのいい猫。おいしい魚を食べているから毛がふかふかなのでしょうか。猫は人間と違い加齢が外見にはっきり出ませんが、老猫は身のこなしがゆっくりになり、毛の艶も失われます。