翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

尾道で「東京物語」を思う

愛媛県の大島でルーツ探しの後、しまなみ海道を北上し尾道へ出ました。
尾道といえば小津安二郎の「東京物語」のラストシーン。

東京物語 [DVD]

東京物語 [DVD]

高速を降りて、ロケ地である浄土寺を訪れました。
周吉(笠智衆)の妻、とみ(東山千栄子)が亡くなり、義理の娘の紀子(原節子)と周吉が会話を交わした場所です。

東京物語」の舞台は、終戦から8年がたった1953年の日本。
大島で曾祖母が1940年に亡くなったことを知ったせいか、昔のこともリアルに想像できるようになりました。
戦死した夫の両親が尾道から上京し、精一杯もてなす紀子。つましいアパートの一室に招き、どんぶりの出前を取り、お隣からお酒や酒器を借ります。
最初に観た時は、昔の嫁はこんなに舅・姑にこれほど尽くすものなのかと感心したのですが、何度も観るうちに感想が変わってきました。

夫が亡くなって8年。東京で寄る辺ない暮らしを続ける紀子が舅・姑に対して完璧な嫁としてふるまうのは「おのれの尊厳を守るための自己欺瞞」だとこの本には書かれています。

 中断され先行きの見えない人生を、人はどう受け入れることができるだろうか。どう肯定し、納得して生き続けることができるだろうか?
 人は、自分を納得させるためなら、自分の尊厳を維持するためなら、どんなストーリーでも作り上げてしまうものだ。
<中略>
 紀子は、受け入れがたい現実を前にして、どうやって自分の人生を肯定すればよいのか? どうやって尊厳を維持していけばよいのか? という問を常に胸に抱えていたはずだ。彼女は無意識のうちに「完璧な嫁」という架空のストーリーを演じることを選んだのではないだろうか。
<中略>
 愛の記憶は人を支える。人生最良の日々の記憶は人を支える。
 亡き夫との愛の記憶が彼女を支えているとすると、夫との生活の記憶を汚すような行為はできない。嫁としての義務を完璧に果たすことが、夫と暮らした日々の記憶の美しさを守り、夫との絆を守ることになる。たとえ、それがすでに現実的には不自然な行為であったとしても。

東京物語」が日本映画という枠を超えて世界から支持されているのは、紀子の生き方が普遍的なものとして胸に迫るからでしょう。

試験がよくできて、いい学校に合格した、好きな人と結ばれた、仕事ができて同期の出世頭になった…など、人それぞれの幸福がありますが、共通しているのは、幸福は永久に続くものではないということ。いつかは失われます。
紀子のように、夫に先立たれるというはっきりした形でなくても、時間の経過とともに昔の秀才・才媛もただの人となり、熱烈な恋愛は倦怠期を迎え、会社には定年があります。
その時、私たちは紀子のように幸福な記憶を守ろうとするのでしょうか。


浄土寺は線路をくぐり、階段を上った地にあります。お祭りの日だったので、地元の高校生たちが階段や境内にぎっしりと灯りを置いていました。

境内からは海が見渡せ、手前にはJRの線路。笠智衆の台詞「きれいな夜明けだった、今日も暑うなるぞ」。次は夏に来たいものです。