翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

村上水軍の末裔

歴史好きの兄と、祖父の出身地である愛媛県今治市の大島に行ってきました。

祖父は婿養子で旧姓は「矢野」。出身地の地名の名前は父が覚えていたので、昨年、兄は四国への出張ついでに足を伸ばしてみたそうです。
小さな集落なので「矢野」という名前を出せば何かわかるかもしれないと、通りがかりの人に聞いてみたら、なんと9割以上の家が「矢野さん」!

これは事前調査が必要だと、祖父の戸籍を取り寄せ、曾祖父母の名前、祖父が結婚した日付を確認。
今治市役所吉海支所の住民サービス課に問い合わせの手紙を出しました。このあたりは、取材申し込みと似たような手順なので私が文面を作成しました。
「昔のことをご存知の方がいらっしゃれば、先方のご迷惑にならない範囲でご紹介いただけたら」と書き加えました。戸籍のコピーは電子メールに添付ではなく、封書に切手を張って同封しました。

親切な担当の方に当たったらしく、兄に返信があり、集落の自治会長さんを紹介してくださりました。
自治会長さん宛の手紙も私が代筆し、祖父のルーツ探しをしたい旨を伝えました。
「せっかくだから、一泊して瀬戸内のおいしい魚を食べてはいかが」となり、神戸から車での一泊旅行となりました。行きは児島・坂出ルート、帰りはしまなみ海道です。


今治側から見た瀬戸内海。10月始めに訪れた強風の稚内の海と比べて、なんと穏やかなこと。

自治会長さんも矢野さんで、宿のご主人も矢野さん。
「矢野という苗字はどういう系統なんですか?」と聞くと、「村上水軍の末裔」とのこと。
そういえば、私は船酔いをしたことがありません。運動は苦手ですが水泳だけは得意です。父は船乗りで、瀬戸内航路の水先案内人も務めました。
まあ、海賊といっても、甲板を磨いたり食料を調達するなどさまざまな役割があるのでしょうが、ロマンがかきたてられました。
私がフリーランスで四半世紀も働いてきたのは、大名から声をかけられても臣従せず、独立を貫いたという先祖の血によるものかもしれません。

自治会長さんのお宅の床の間には、立派な刀の鞘が飾られていました。鍋島藩からお輿入れして来たお嫁さんのものだそうです。
秀吉によって村上水軍解散させられましたが、大島に残った末裔は船で交易を行い、九州とも行き来していたのでしょう。

そして、自治会長さんのおかげで、お寺を訪れることができ、ご住職が門外不出の過去帳を調べてくださいました。
祖父は明治23年生まれ、祖母と結婚したのは大正8年です。明治末期から大正、昭和初期の過去帳には曾祖父母の名前は見当たらず、あきらめかけていたところ、昭和15年8月13日、祖母の死亡が記録されていました。日米開戦の前の年です。

曾祖母は享年85。祖父母も80代で亡くなりました。
自治会長さんのお父さんのごきょうだいも80代、90代でお元気だそうです。矢野一族は長寿遺伝子も受け継いでいるのかもしれません。

初めて訪れたのに、どこか懐かしい愛媛県大島。きっとまた訪れます。