翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

次に行くべき場所、次にやるべき事

稚内への旅を思い立ったのは、この夏、我が家に滞在したヘンリク君の影響です。

ある夜、『トータル・バラライカショー』のDVDを一緒に観た時のこと。フィンランドレニングラードカウボーイズとロシア赤軍合唱団のジョイントコンサートです。
『ボルガの舟歌』や『ポリュシーカ・ポーレ』を日本人はよく知っているというと、ヘンリク君はびっくりしました。
「ロシアは、となりの国だから」と説明すると、感極まったようにこう言いました。
「日本はとても遠い国だと思っていたけれど、フィンランドも日本もロシアの隣なんだね!」

そして「日本人はロシアの脅威を感じているの?」と質問されました。
「ロシアより北朝鮮が恐ろしい」と答えながら、たしかに東京に住んでいると、隣国のロシアを意識することはあまりないと思いました。

大国ロシアに煮え湯を飲まされ続けてきたフィンランド人にとっては、ロシアを意識しない日はないでしょう。フィンランド人の大半はロシアが嫌いだそうです。

ヘンリク君が来年は兵役で日本語の勉強を休まなくてはいけないのも、ロシアのせいです。ロシアを刺激しないためにNATO北大西洋条約機構)に加入していないため、自分たちで国を守らなければいけないのです。
そういえば、日露戦争で日本が勝ったのでフィンランド人は自分たちも独立できると確信し、バルチック艦隊を打ち破った東郷平八郎フィンランドで英雄視されていると聞いたことがあります。

そんなわけで稚内に出かけ、爆弾低気圧の影響で帰りの飛行機が飛ぶかひやひやしましたが、旅はとても楽しめました。


稚内のロシア料理店ペチカでは、サンクトペテルブルクのビール、バルチカを飲みました。レニングラードから名前が変わったのは、1991年。レニングラードカウボーイズは「僕らのレニングラードを返しておくれ」と歌いました。

旅に出ると、お金は使うし、今回みたいに天候不順で観光の予定が狂うと、何をやろうかと悩むくせに、しばらくすると、またどこかに行きたくなります。
予定がぎっしり詰まったパックツアーなら次に何をやるか考える必要はありませんが、個人旅行では大問題です。
それは村上春樹だって同じです。

何もやることがない、というのは我々のようなオフシーズン・トラベラーにつきまという宿命である。秋や冬のギリシャはとても素敵な場所だ。旅行者は極端に少なく、人々は親切で、物価は安い。ホテルはがらがらで、どこへ行っても親切である。気持ちものんびりとする。しかしやることがない。夏ならやることは実にいっぱいある。ビーチで泳ぎ、女の子を眺め、日光浴をして、ビールをのみ、グリーク・サラダを食べながらわいわいやっているだけで、それこそあっというまに一ヶ月が過ぎてしまう。これは誇張ではない。本当に何を考える暇もないのだ。夏のギリシャは騒々しいし、混んでいるし、いささかツーリスティックである。そのかわり何も考えずに済む。シーズン・オフには我々は智恵をしぼって考えなくてはならない。次に行くべき場所、次にやるべき事を。

遠い太鼓 (講談社文庫)

遠い太鼓 (講談社文庫)

東洋では季節を人生と重ね合わせ、青春、朱夏、白秋、玄冬と呼びます。
旅も人生も同じ。青春や朱夏の時代は、次に何をやるかなんて考える必要はありません。学生時代は勉強しろと言われ、会社に入ったらこき使われる。結婚も考えなくちゃいけないし、夢中で人生を駆け抜け、むしろ時間が足りないぐらいです。
白秋を過ぎ玄冬に近くなると、どうやって時間を過ごすかを考えるようになります。まるでオフシーズンの旅行者のように。
さて、次はどこに行きましょうか。