翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

ドレスより、冒険や体験を

子供向けとされているけれど、大人になって読むと、子供時代以上に楽しめる本があります。
『ハリスおばさんパリへ行く』もそんな一冊です。

ハリスおばさんパリへ行く

ハリスおばさんパリへ行く

主人公はロンドンで掃除婦として働くハリスおばさん。年齢は60近く。
顧客の家の鍵を預かり、シンクに積み上げられたべとべとの皿や鍋を洗い、しわくちゃのベッドや脱ぎ捨てられた服を片付けます。

今の日本でも中高年の非正規雇用が問題となっていますが、どの時代も生活していくのは大変です。夫を亡くしたハリスおばさんは食べていくために、掃除の仕事を選んだのでしょう。
しかし、文面からは悲愴感ではなく、ハリスおばさんが誇りと満足を持って仕事に取り組んでいることが伝わってきます。(And it was a creative effort as well, something in which a person might take pride and satisfaction.)

そして、ハリスおばさんの仕事ぶりは高く評価されているので、顧客を選ぶことができます。気に入らない客はさっさと鍵を返して、その家には二度と行きません。

ハリスおばさんが顧客を選ぶ基準は、人柄がいいか、家そのものが気に入っているかのどちらかです。こういう選び方ができるフリーランスは、ストレスもあまりないはずです。

さて、ハリスおばさんはなかなかの審美眼の持ち主です。そんな彼女の目にとまり、なんとしても手に入れたくなったのは、顧客の一人である大金持ちの男爵夫人のディオールのドレスです。
分別のあるハリスおばさんは、ディオールのドレスを身につけて人前に出るなんて考えたのではありません。ドレスを自分の部屋のクローゼットに吊るしておくだけでいい。仕事から帰ったら、自分だけの素敵なドレスが待っていると思えるだけで、どんなにいいだろうと想像したのです。洋服というより美術品の感覚で所蔵したいと願ったわけです。

ディオールのドレスの値段が450ポンド。
ハリスおばさんが1日10時間、1週間6日、年に52週働いて年収468ポンド。
パリまでの飛行機代も必要ですから、容易なことではありませんが、なんとかお金を貯めてパリに出かけます。

ディオールのスタッフには、最初は奇異の目を向ける人もいましたが、みんなハリスおばさんを認めます。それは、ハリスおばさんがドレスの価値をわかっているから。金持ちのマダムが見栄のためだけに買うより、ずっとすばらしいことだと考えたのでしょう。
ディオールのドレスを書い求めるプロセスで、ハリスおばさんは周りの人々の人生をポジティブに変えていきます。そして、彼女自身の人生も変わったのです。

For it had not been a dress she had bought so much as an adventure and an experience that would last her to the end of her days. She would never again feel lonely, or unwanted.
彼女が買ったのはドレスではなく、冒険と体験だった。それらは死ぬまで失われることがない。これから先、再び自分が一人ぼっちで誰からも求められていないと感じることは決してないだろう。

冒険や体験を求めるのは若者だけの特権ではありません。中年以降の人生にも、必要なものです。


掃除婦として忙しい毎日を送っていても、ハリスおばさんは美しいものを好み、花を愛でる心のゆとりがありました。