翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

旅先で垣間見る人生 2015

初めての地を旅するのも刺激的ですが、同じところに何度も行くのも楽しいものです。
観光スポットを駆け足で回るのではなく、その土地に暮らす人の人生を垣間見るような体験ができます。
前回の島根の旅でもそう感じました。
http://d.hatena.ne.jp/bob0524/20131110/1384048761

島根の温泉津(ゆのつ)は、難読地名ですが、漢字を眺めると温泉が湧き出る港というイメージがすぐに浮かびます。
かつて世界の銀産出量の1/3を算出していた石見銀山の輸出港であり、幕府の直轄地です。銀の輸出には重要な機密もたくさんあったからでしょうか、富を内側に隠しているような、ひなびた街並みです。

ここの温泉にぜひ行ってみたいと思ったのは、けがをした狸がお湯につかって傷を治していたのが発見のきっかけと知ったから。野生動物のような生命力だとよくからかわれる私には打ってつけです。病気やけがは、病院より温泉で治したいものです。

宿のお湯はややマイルドですが、源泉に一切手を加えていないという「元湯」と「薬師湯」は温泉成分が濃厚で、お湯はかなり熱めです。

「元湯」では半身浴用に浅い湯船があり、そこで落ち着いていたら、常連らしき女性に「油断してそこにずっと入っていたら、気分が悪くなる」と、声をかけられました。
長く浸からず、2分ほどで上がって、浴槽のほとりで休み、繰り返し入るようにアドバイスされました。お湯が熱いからといって躊躇せず、入る時は一気に肩までつかり、出る時も一気に出るのが正しい入浴法のようです。

そう広くない温泉場ですから自然と会話が続きます。
私が東京から来たと告げると、東京の大学で学んだと言います。東京オリンピックの直前で、東京中が突貫工事中だったそうです。1960年代前半に大学生だったということは、70代半ばでしょう。元湯から車で40分のところに住んでいて、手が痛くなると治療のためにお湯に入りに来ているそうです。

今でこそ東京から山陰は飛行機で手軽に行けますが、1960年代に上京するのはさぞかし大変だったことでしょう。指定席のシステムがなかったので、東京駅では何時間も並び、上京する時は浜田まで戻って始発から乗っていたそうです。『東京物語』の数年後、小津安二郎の晩年にあたる頃でしょうか。
卒業後は教師となり、生徒を引率してあちこちに行ったとのこと。油断して半身浴をしている私に声をかけたのも、元教師だからでしょう。

20年後の私は、偏屈な老女ではなく、こんなふうに気さくに初対面の人と会話できるようになっているといいのですけど。


1300年の歴史を持つという元湯。入浴代金は370円。