翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

大掃除も年賀状も、冥途の旅の一里塚

前回に続き、仏教英語講座で学んだimpermanet(諸行無常)について。

ケネス田中先生は、あらゆるレベルでの変化例が挙げていきます。
宇宙的は膨張を続け、地球上の大陸もゆっくりと動いています。
私たちの身体の細胞は3ヶ月で完全に新しいものと入れ替わります。

言語も変化します。
この講座はアメリカ人向けのテレビ番組を元にしているので、英語のほうがストレートに伝わります。

50 years ago, when we said “chip”, it meant a piece of wood not a component of computer hardware; “hardware” back then was identified with a store that sold nails , garbage cans and shovels, and “software” was not even a word. In those days, “coke” was a cold drink, “pot” was something you cooked in, and “grass” was a lawn that we mowed.
五十年前に「チップ」と言えば、それは切りくずの木片のことで、コンピューターのハードウエアの部品を意味してはいませんでした。「ハードウエア」も、当時は釘や金属製のゴミ箱やシャベルを売る金物店を指していて、「ソフトウエア」なんて言葉はまだ存在すらしていませんでした。その頃、「コーク」は冷たい飲み物で、「ポット」は調理器具で、「グラス」(草)は私たちがいつも刈りそろえる庭の芝生のことでした。

現在では、cokeはコカイン、potとgrassはマリファナです。
「アメリカで、『グラス吸います?』と誘われて、タバコだろうと気軽に応じたらだめですよ」とケネス田中先生。

次は道徳的な価値観の変化。
結婚前の同棲は、かつては激しい議論の的(hotly debated)だったけれど、今ではあまり大きな問題(a non-issue)ではなくなりました。
年を取ると、若い人たちの行動に口を挟みたくなりますが、昔は私たちが上の世代にあれこれ言われていたわけで、順繰りに続いているだけなのでしょう。

最後に、人間関係の変化。
15年前、あるいは5年前のアドレス帳を見れば、多くの人たちが自分の暮らしの中にいなくなっていることに気づきます。
喧嘩別れをした人、遠くへ引っ越した人、すでにこの世を去った人たち。
(those with whom you had a falling apart, those who moved far away, and those who have passed on)

「"fall apart"は、単なる別れではなく、喧嘩別れ」と、ケネス田中先生の解説。ボブ・ディランの「彼女にあったらよろしくと(If you see her,say hello)」という曲に"We had a falling-out like lovers often will"という一節があるのですが、単なる別れではなく喧嘩別れなんだと大いに納得しました。

日本人なら、年賀状を書く時に人間関係の変化を強く感じるのではないでしょうか。
ネットで簡単に連絡が取れる時代にあって、年賀状も徐々になくなっていくのかもしれませんが、一年に一度、人間関係を見直すいい機会です。

親子やきょうだいなどの血縁関係は不変のようでいて、親が年老いていくと、親子の関係が逆転して、子が親の面倒を見るようになりますし、仲の良かったきょうだいが遺産を巡って骨肉の争いを起こすこともあるでしょう。

私の世代では、親御さんが亡くなったという喪中の連絡もよく受け取るようになりました。
年末になると面倒な気分になりながら、年賀状の宛名書きをします。この先ずっと年末には同じことをするような気がしますが、確実に終わりが来ます。

一休さん狂歌で「門松は冥土の旅の一里塚」というのがありますが、門松に限らず、年賀状もクリスマスも、あらゆる年中行事は冥途の旅の一里塚です。
そう考えると、面倒に感じる年中行事にまつわる作業も、特別な意味を持ってきます。


自然の姿も、去年と同じようでいて、毎年違います。