翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

2015年は60年に一度の乙未(きのとひつじ)の年

『「来年はどんな年?」と各雑誌の編集者に聞かれる時期となりました。』という書き出しで、「2014年は60年に一度の甲午(きのえうま)の年」を書いてから、ちょうど一年。
http://d.hatena.ne.jp/bob0524/20131124/1385256357

甲午年は、伸び行く若木の下を駆け抜ける「ブルー・ホースの年」としたら、乙未年は芝生を食む「グリーン・シープの年」といったところでしょうか。
もちろん今年も、「60年に一度」という枕詞がつきます。

株のことわざでは、「辰巳(たつみ)天井、午(うま)尻下がり」と来て、来年は「未(ひつじ)辛抱」ですから、あまり期待できそうにない感じ。
でも、これはあくまで十二支だけですから、必ずしも当たるわけではありません。

未年だったら12年に一度ですが、東洋占術は十二支に十干(甲乙丙丁戊己庚辛壬癸)を組み合わせた六十干支(かんし)を使いますから、乙未は60年に一度です。

60年、60ヶ月、60日、120時間(一刻は2時間のため)のサイクルで甲子(きのえね)から癸亥(みずのとい)までの六十干支がぐるぐると回っているわけです。

2014年は十二支のトップバッターである甲(きのえ)の午年でした。

午年といえば、丙午(ひのえうま)の年も60年に一度、巡ってきます。
前回の丙午の年は、1966(昭和41)年。丙午生まれの女の子はあまりよろしくないと、出生率がぐんと下がった年です。
四柱推命では、本人とみるのは年ではなく日の六十干支ですから、丙午生まれの女性がひとまとめにすることはありませんが、年でいうとわかりやすいので、広まったのでしょう。
次に丙午の年が巡ってくるのは、2032年。果たして出生率は下がるのでしょうか?

さて、来年の乙未年はどんな年になるかと、毎年この時期に開いてみるのがこの本。

干支の活学―安岡正篤 人間学講話

干支の活学―安岡正篤 人間学講話

陽明学の大家、安岡正篤(やすおかまさひろ)が、昭和38年癸卯(みずのとう)から、昭和55年庚申(かのえさる)まで、
の18年間、十干・十二支について財界人に講和した記録です。
乙未年はありませんが、乙年も未年も2年ずつあり、参考になります。

まず乙(きのと)について。
乙という文字は、草花の芽が曲がりくねっている象形文字→新しい改革創造に対して外からの抵抗が強い。

未について。
「一」と「木」から成り、枝葉の繁茂を表す→枝葉が茂ると暗くなるから、未は昧に通じ、すなわち暗くなる。

なんだかぱっとしませんが、60年前の乙未、1955(昭和30)年の日本経済は絶好調でした。

前年の1954(昭和29)年12月から神武景気が始まり、1957(昭和32)年6月まで続いています。
朝鮮戦争の特需によって日本経済が戦前を上回るほどに回復。翌年の1956(昭和31)年には、「もはや戦後ではない」と経済白書に記されました。

120年前の乙未である1894年には、三国干渉、李氏朝鮮では閔妃暗殺、その名も乙未事変(いつびじへん)が起こりました。国際的な緊張は高まる年回りのようです。

五行で考えると、乙は木行、未は土行です。木は土を剋します。
十干を天すなわち国家、十二支を地すなわち民とみれば、お上に搾り取られる国民といったところでしょうか。

しかし、乙は草花で甲のような大木ではありませんから、あからさまに大地の栄養分を奪いません。見えないところでじわじわと搾取します。
消費税増税が先延ばしされてやれやれと思っても、違うところから税が取り立てられるというイメージです。

乙は「乙女」の乙であり、優しく柔軟性があります。外からの圧力をかけられても、抜け道を見つけてするりと伸びていくのが乙の年の開運につながります。

実利一辺倒ではなく、楽しさや斬新さ、ちょっとした工夫が新たなビジネスにつながります。
東京通信工業(現ソニー)が国産初のトランジスタラジオ、東芝が国内初の自動電気炊飯器を発売したのが1955年、乙未の年。海外に目を向ければ、アメリカのカリフォルニアでディズニーランドとマクドナルドが誕生したのもこの年です。


島根県川本町の羊。手前の白い羊は毛が刈られたばかりです。