翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

料理も薪割りも、神に捧げる仕事―映画『大いなる沈黙へ』

映画『大いなる沈黙へ』を観ました。

朝日新聞の夕刊に池澤直樹のという映画評が出たのは7月の初め。フランスの修道院の映画ということで、ぜひ観たいと思ったのですが、先延ばししているうちに、岩波ホールに朝から並ばないと入場できないほどの人気に。
行列覚悟だったのですが、新宿シネマカリテでの上映が始まり、無事に観ることができました。

舞台はフランス・アルプス山脈に建つグランド・シャルトルーズ修道院
といっても、ストーリーがあるわけはありません。修道院の日々を淡々と撮影したドキュメンタリーです。

池澤夏樹が「観客は忍耐を強いられる。睡魔と闘いながら観た」みたいなことを書いているので、これは映画館じゃないと最後まで観ることはできないだろうと思いました。実際、数名の方は途中で席を立ち、寝息も聞こえてきました。

ところが私にとっては、退屈するどころか、最高に興味深い映画でした。

いつも修道院に心惹かれていました。
ショーン・コネリーの映画『薔薇の名前』を夢中になって観てウンベルト・エーコの原作も読んだし、好きなミステリーのシリーズは修道士カドフェル
しかし、フィクションではない本当の修道院の生活、しかも男子修道院の中なんて一生垣間見ることはできないと思っていたのが、この映画で夢がかないました。

フィリップ・グレーニング監督が撮影を申し込んだのは1984年。
撮影が許可されたのは16年後。礼拝の聖歌以外には音楽をつけず、ナレーションも照明もなし。ただ一人で修道士と一緒に暮らして撮影しました。

最も印象に残ったのが、薪割りのシーン。
ナレーションも字幕も一切の説明がないので、最初は木材で家具でも作るのかと思いました。慎重に長さを測ってのこぎりで切っていたから。
同じ長さに切り揃えられた丸太を斧で割り、薪にして壁に積み上げていきます。壁面には薪の断片の整然としたパターンができます。

料理、食器洗い、裁縫、掃除、野菜作り。
こうした日常の労働に従事している修道士に、神の臨在を感じることができました。
礼拝や祈りだけではなく、家事もすべて神に捧げる行為なのです。

山奥のお寺や修道院に出家しなくても、日常生活を聖なる気持ちで送ることができるのではないかといつも考えるのですが、実際は面倒だと思いつつ皿を洗ったり、洗濯物を畳んだりしています。

ラムダスの言葉を何度読んだことか…

This (chopping wood and carrying water) is Karma Yoga... The Yofa of daily life.
The way to do it is: Do what you do but dedicate the fruits of the work to ME.
この薪割りと水運びこそカルマ・ヨガ…日常生活のヨガです。
そのやりかたは、何をやろうとも、その仕事の実りをわたしに捧げるというものです。

このテーマで過去にも書いています。
「磨くべき床は目の前にある」
http://d.hatena.ne.jp/bob0524/20130519/1368922314

今回は、映像として目に焼き付けたのですから、家事の合間、折に触れて思い出したいと思います。


優春翠の故郷・島根県川本町に行くたびに、地元のカフェで開催されるレジン教室に参加させてもらっています。
薔薇の名前』をイメージして、白いバラと鍵でキーホルダーを作ってみました。修道院で次々と起こる殺人事件の謎を解く鍵は一冊の本でした。