翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

なんてすばらしい忘れ物!

ほぼ毎日、スポーツクラブのズンバのレッスンに出ています。
レッスンの開始時刻は、朝10時30分、別の曜日はお昼の12時50分、午後4時20分、午後7時など、曜日によってまちまちです。
「今日は何時にレッスンがあるか」を基準に食事や仕事の配分を考えます。食後すぐでは踊りにくいですから。

ウエアや着替えは前日にバッグに入れておき、携帯電話のアラームをレッスン開始の20分前に鳴るようにセットしておきます。スポーツクラブまでは歩いて5分ほどですから、余裕でレッスン開始前にスタジオに入れます。

アラーム音は、ボブ・ディランの『ライク・ア・ローリング・ストーン』。
さぼりたくなる日でも、アル・クーパーのオルガンのイントロを聞いただけで「スポーツクラブに行かなくちゃ!」と反射的に思います。
「若い頃は好き放題して、まわりに忠告されても笑い飛ばしていたよな。それがあんた、今ではすっかり転げ落ちちゃって、どんな気分だい?」と歌うディラン先生。

若い頃は健康自慢だった私が運動をさぼって、体が言うことをきかなくなってから、この曲を聴くといたたまれない思いになるでしょう。
もちろん、誰でも老いるし、最後は死にます。でも、体を甘やかしてだらだらしながら年を取りたくないのです。
自然な加齢なら、ディラン先生に何度「How does it feel?」と問われても、平然としていられるはずです。

取材や打ち合わせがレッスンと重なるとさすがに休みますが、突然の仕事の電話は受けられません。レッスンが終わって携帯電話を見ると編集者から何本もの着信があり青くなったこともあります。ちゃんとお勤めしている人にとっては、平日の昼間の運動は想像しにくいのでしょう。

自宅で働いていると煮詰まるとよく言われます。
昔は取材だけでなく、入稿や校了でも編集部に行ってたのですが、今はメールで済みますから、ほとんど引きこもり状態。スポーツクラブがなければ、体だけでなく心の健康も維持できなかったでしょう。

ズンバのクラスは、平日のお昼は主婦が多く、夜や休日は働いている人たちが中心で顔ぶれが違います。お昼のクラスの顔なじみがたまに夜のクラスに出たり、会社員の人が休暇で平日の昼のクラスに出ることがあるのですが、私の顔を見て「あなたって、いつもいるのね」と驚かれます。

一応、自由業として働いているのですが、一番熱心に続けているのがズンバかもしれません。
休日のクラスで一緒になる男性は、仕事がデスクワークだからか「ズンバ1本やると、それだけで一日のエネルギーを使い果たしてしまう」と言います。じゃあ私はズンバが仕事みたいなもの?

昔は、毎日エアロビクスをやっていました。
長くやっていると、初級クラスでは単調で飽きるし、かといって上のクラスの複雑なコリオ(振付)は覚えられません。そこに登場したのがズンバで、「こんなに楽しいものがあったのか!」と夢中になったわけです。

エアロビクスで使う音楽は、リズムを取るためであり、音楽自体に合わせて踊ることはありません。
これに対してズンバは、一曲ごとに振付があります。ズンバの本部みたいなところから見本の振付の映像が送られてくるそうですが、インストラクターの自由裁量に任されています。だから同じ曲でも別のクラスでは違う動きとなります。
インストラクターによっては「私の振付でなく、ご自分が踊りたいようにどうぞ」というクラスもあり、音楽を楽しむために、声による指示は出されません。

ズンバを作ったのはコロンビアのアルベルト・ベト・ペレズ氏。ズンバとは「お祭り騒ぎ」という意味で、コロンビア発祥らしくサンバやサルサ、マンボ、メレンゲなどラテン音楽のステップが多いのですが、世界各地の民族舞踏も取り入れられています。

ペレズ氏はエアロビクスのインストラクターをしていたのですが、1990年代ある日、レッスン用の音楽テープを忘れてしまいました。
そこで自分の車にあったお気に入りのラテン音楽テープを使い、即興の振付をしたら、これが大いに受け、ズンバが生まれたそうです。

なんてすばらしい忘れ物!
この日、ペレズ氏がレッスン音楽テープを忘れてくれたからこそ、遠い極東の島国でせっせと私はスポーツクラブに通えているのです。


日本語ののぼりがなければ、まるで海外のような伊東マリンパーク。旅に出るのは楽しいのですが、ズンバができないのが物足りなくて、早く帰りたくなります。