翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

過去なんてないのと同じ

前回に続き、ミュージカル「ブリング・イット・オン」から学んだこと。

チアリーディングの大会での優勝にこだわる主人公キャンベルへのアドバイスグレイトフル・デッドの名前が出てきました。

グレイトフル・デッドは、ゆるい生き方の象徴なのかも。アメリカ人なら、このあたりのニュアンスがストレートに伝わるのでしょう。

ボブ・ディラングレイトフル・デッドと共演アルバムを出しています

Dylan & The Dead (Reis) (Dig)

Dylan & The Dead (Reis) (Dig)

こう解説されています。

 ユルユルです。
 しかもそんじょそこらの「ユルユル」ではない。
 絵にも描けないような「ユルユル」なのです。
 なんでもレギュラー・バンドが恋しくなってグレイトフル・デッドのメンバーになったつもりで共演したということですが、なんと希薄かつ意味不明の動機なのでしょう。
 このときはたまたまグレイトフル・デッドでしたが、ではバンドだったらどれでもよかったのか。
 たぶん、どれでもよかったのです。
 このアルバムを聴くかぎり、そうとしか思えない。
 ひょっとしてスマップあたりともやれるのではないか。
 そんなバカなと笑われるかもしれませんが、ディランにおいては「そんなバカな」ということがしばしば起きている。
中山康樹『超ボブ・ディラン入門』音楽之友社より)

心のおもむくままに音楽活動を続けるディラン先生は偉大ですが、オファーを受けるグレイトフル・デッドもまさにグレイト!

こんな本も出ています。

グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ

グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ

グレイトフル・デッドはファンが自由にライブを録音できるようにした結果、新しいファンを獲得して売上も伸ばしました。
これはコンテンツが無料のネット時代のマーケティングだという話なのですが、メンバーにはマーケティング計画があったわけではなく、ファンが喜ぶようにしたかったから。
彼らのメイン収益はCDの売上からではなく、ライブから。出版業界以上に音楽業界もCDが売れずに不況だと言われていますが、こんな道もあるのです。

なるほど。
権威として祭り上げられることが大嫌いなディラン先生と気が合いそうなバンドです。
ディラン先生は、過去の栄光にすがるどころか、どうでもいいものとだとみなしているようなことをよくやります。そこが本当にかっこいい。

最近読んだ本にもこんなことが書かれてありました。

 どんなにきらびやかな過去を語っても、見せることはできない。頭の中にある過去の出来事を空想して、話しているだけだ。
 だから、過去はあるようでないもので、脳が過去はあると思っているだけ。
<中略>
 若いときに、どれだけもてたかしらないが、仕事でどれだけ注目を浴びたかしらないが、終わったことはないのと同じだ。
(松原惇子『60歳からの上手な生き方』海竜社より)

長く生きていると、気をつけないと若者に自慢しがちです。
「こんな大きな仕事をした」とか「海外のどこそこに行った」とか。
若者からすれば「たまたまバブル時代に働いていただけじゃないか」と鼻白むだけでしょう。

高齢者の施設で嫌われるのは、過去の自慢話ばかりする元エリートだそうです。
「終わったことは、ないのと同じ」と割り切らなくては。
いつまでも昔の栄光にこだわっているのは、かさばって邪魔なだけなトロフィーを大切に抱え込んでいるようなものです。
昔話ではなく、「今、やっていること」「将来、やりたいこと」を語る老女が目標です。
体力も気力も衰え、そんな話ができなくなったら、若者の今や将来のビジョンに耳を傾けたいと思います。


伊東の商店街の薬局店頭で。愛嬌があって、楽しんでもらえるもので、ディスプレイできる場所があるのなら、過去にも価値はあります。