翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

人は皆、誰かのために生きたいと願う

アキ・カウリスマキに影響されて、小津安二郎の作品を次々と観ています。

『長屋紳士録』は1947年公開。戦後の焼け野原が舞台です。

日本映画ですが、これほど古いと、まるで異国の映画のようです。
巷には戦災孤児があふれ、親とはぐれたのか、見捨てられたのかわからない子供をそのまま長屋で面倒を見るというストーリーも今の日本では考えられません。

迷子を長屋に連れ帰ってきたのは、若き日の笠智衆。なんと、占い師役です。
「運勢、家相、人相、手相、方位、結婚…」と書きつける看板には易の「地天泰」の卦が。
同じ長屋の住民に「いったい八卦は当たるもんか?」と聞かれ「そりゃ当たる、あんなよう当たるものはほかにない」と断言します。
「だけどあんた、ゴム長履いて行ったらカラカラの天気だったじゃないか」と突っ込まれると「天気はラジオのほうが当たる」と、とぼけた返答。

男の子は茅ヶ崎から父親と東京に出てきたというので、茅ヶ崎まで親を探しに行くことになり、誰が行くかくじを引きます。
カウリスマキの『浮き雲』で、ヘルシンキのトラムの運転手が人余りで、誰が失業するかくじを引いて決めるシーンを思い出しました。

飯田蝶子演じるおたねが茅ヶ崎まで子供を連れて行くのですが、手がかりは見つかりません。
困ったおたねは、そのまま子供を置いて行こうとしても、男の子はどこまでもついてきます。
「あんたは捨てられたんだよ。あんたのお父さんは不人情だね」など、子供のトラウマになりそうなきついセリフも飛び出します。

そんなおたねですが、男の子と一緒に暮らすうちに情が湧いてきて、自分のところで育てることにします。
小学校入学用でしょうか、新しい帽子や服を買ってやり、写真館で記念撮影をして、ご馳走も食べます。
まるで本当の親子のように肩たたきをしてもらっているところに、来客。
男の子の父親でした。

快く男の子と父親を見送ったおたねでしたが、二人がいなくなると泣き出して、こんなことを言います。
「悲しくて泣いてるんじゃない。あの子がどんなにうれしいかと思って。
不人情だと思ったら、いいお父さんで泣けてきた。
あいさつも一通りできるし、品もある。あれなら坊やも幸せだろう。
親子っていいもんだね。私もうんとかわいがったらよかったのに、邪険にしてしまって」

1週間という短い期間でも、子供を育てるうちに、おたねの母性スイッチがオンになったのでしょう。
笠智衆に「子供をもらうなら、どの方位がいいだろう」と尋ねます。
「あんた、亥じゃったな。乾(いぬい)の方位がええ」
「本郷だと北か。上野のほうか、西郷さんのあたり探してみようか」

この時代は、方位を十二支で呼んでいたのでしょうか。
乾(戌亥)と聞いて、すぐに西北の方位だと通じています。

身寄りのない子と暮らすうちに愛情が湧いてくるというストーリーは『赤毛のアン』を彷彿させます。
マシュウとマリラの兄妹は、農場の手伝いをしてくれる男の子の孤児を引き取ろうとしますが、手違いから女の子のアンがやってきます。
やっと自分の家ができると喜んでいるアンに心優しいマシュウは本当のことを言えず、駅から馬車に乗せて連れて帰ります。
しかし現実家のマリラはアンの前で「男の子はどこにいるの?」と叫び、アンを絶望の淵に突き落とします。

アンを孤児院に戻そうとするマリラに、マシュウはなんとかアンを置いておけないかと言い出します。
「あの子が私たちに、何をしてくれるというの?(What good would she be to us?)」という辛辣なマリラ。

マシュウの答えが胸を打ちます。
「私たちが、あの子に何かしてあげられるかも(We might be some good for her)」

しぶしぶアンを引き取ったマリラですが、おたねと同じく、アンを心から慈しむようになります。
日本の少女は『赤毛のアン』を読んで、西洋風のお茶会や膨らんだ袖のドレスにあこがれるものですが、大人になってマリラの視点で読み返してみると、新たな味わいがあります。

カウリスマキの『ル・アーヴルの靴みがき』も、貧しい靴磨きがアフリカから密航してきた少年のために奮闘するお話でした。
連鎖的にさまざまな物語が浮かび上がる小津映画は、いつも私を魅了します。そして、小津の世界に招いてくれたカウリスマキに感謝します。


根津神社の紅梅。