翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

旅館「澤の屋」のおもてなし

宿泊客のほとんどが外国人旅行者という旅館「澤の屋」。
テレビや雑誌に紹介されることも多く、その存在を知っていましたが、実際に泊まってみたいと思ったのは、ヘルシンキでエリカから「澤の屋」のことを聞いたからです。
日本好きのエリカはこれまで二度来日していますが、東京では「澤の屋」が日本的でとても居心地がよかったといいます。

カウチサーフィンで外国人旅行者を受け入れている私としては、ぜひ「澤の屋」のおもてなしを体験してみたいと、親友の優春翠を誘って一泊してみることにしたのです。

「澤の屋」の開業は昭和24年。
当初の客層は修学旅行生が中心で、その後、ビジネス客を取り込もうとしましたが、旅館よりもビジネスホテルが好まれ、一時は廃業も考えたほど、売上が落ち込んだそうです。
そこで外国人客を受け入れることにしたのですが、言葉の壁もあるし、浴室やトイレの使用法など生活習慣の違いから多くのトラブルがありました。
実際、「澤の屋」のあらゆるところに英文の説明書きが掲示されていました。
それらがうるさく感じられるというよりも、親切心の発露に思えるのは、宿のスタッフの応対がとても親しみやすいから。
日本人の私たちに対しても、宿の周辺やお風呂、朝食の案内をとても丁寧にしてくださいました。部屋数が多くないので親身な応対ができるのでしょう。

宿泊料金は一人5000円ほど。バス・トイレ付の部屋にしましたが、気持ちのいい共同のお風呂もあります。
朝食は200円で食パンが2枚。自分でトースターに入れます。追加でハムエッグやスクランブルエッグも頼めます。コーヒーは無料。
休暇がたっぷりある外国人旅行者は長期旅行をするので、日々の出費は節約したいもの。短期間の駆け足旅行で「旅先でこそ贅沢したい」という日本人旅行者とはスタイルが違うのです。
そして、外国人にとっては、畳敷の和室や枕元に置かれた折鶴もうれしいでしょう。

「澤の屋」が外国人旅行者に愛されているのは、日本風の旅館だから。
村上春樹のインタビュー集の一節を思い出しました。

ねじまき鳥クロニクル』に関して、アメリカ人インタビューアーから「この小説が日本人的なのはなぜか」と質問されて、こんな風に答えています。

それは僕が、この小説を書いているあいだずっとアメリカに住んでいたからかもしれないですね。1991年から1995年にかけてです。だから日本という国や日本人というものについて、より意識的になったところはあるかもしれない。それまで日本の中にいて小説を書いているときは、「なんとかここから抜け出したい」と思っていました。でもいったん外国に出ると、「自分は何なのか? 自分は誰なのか?」という命題を自然につきつけられることになります。

西洋かぶれで、音楽を聴くなら洋楽、映画やドラマを観るなら洋画という私が東洋占術を学ぶようになったのも、似たような動機からです。

編集者からのオーダーに応じて雑多なジャンルの取材をしながら、占い原稿を書き始めたのが10年ほど前。
当初は西洋占星術がメインでした。
女性誌の場合は、太陽星座で占う運勢が大半ですし、少し詳しい特集でも太陽、月、水星、火星、金星の5惑星との組み合わせなので、入門書を読めばおおよそのロジックがわかり、媒体に合わせて書き分けるのは、そうむずかしいことではありませんでした。

その一方で、風水や九星気学四柱推命など東洋占術の原稿を依頼されるようになりました。
大学時代にユング心理学をかじったので、ユングが易に傾倒したことを思い出し「日本や東洋について学べば、外国人と交流するのに役立つかもしれない」と考えたのです。
占いの学校に数年間通い、東洋占術のほとんどを受講。異なる学校、異なる講師でも繰り返し学び、現在は湯島聖堂で陰陽五行を学んでいます。

西洋の中でもフィンランドという国にピンポイントで興味を持つようになりましたが、日本に来るフィンランド人の多くは、ディープな日本オタク。東洋占術を学んだことで、どんどん会話が広がっていきます。


「澤の屋」から根津神社までは徒歩数分。朝食後、さわやかな空気の中、参拝しました。