翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

成就しなかった真実の恋は、いつまでも心に残る

旅に出ると、自分では体験できない人生を垣間見ることができます。

9月のフィンランドの旅では、40年ほど前の悲しい恋の物語を知りました。

新聞記者のアンネが住むフィンランド西部の街、セイナヨキ。
アンネと一緒に、伝統的な農家を見学するツアーに参加しました。主催するのは地元の歴史研究グループで、参加者のうち外国人は私だけでした。


赤茶色の壁が昔ながらのフィンランドの住まいの特徴。

基本的にフィンランド人はシャイなので外国人にやたらと話しかけることはありません。
今でこそ実践的な英語教育を実施していますが、かつては日本と同じ読み書き中心の英語学習だったので50代より上のフィンランド人は英会話が苦手だそうです。

ところが、ティータイムに「あなたは日本人?」とフィンランド女性に声をかけられました。
日本人だと答えると「40年ほど昔、それは素敵な日本人の恋人がいたの」と、たたみかけるように話が続きます。

お茶を飲みながらゆっくり聞かせてもらいました。
恋が芽生えたのは1970年代のスウェーデン
日本人留学生の男の子とフィンランド人留学生の女の子。彼女の名前はアンニッキ。

「二人でシベリア鉄道に乗って、日本まで行った。私たちは本当に気が合ったから、結婚するはずだった。でも、日本はあまりにもフィンランドと違っていて、私は激しいホームシックを感じて耐えられなくなってしまった。彼のことを心から愛していたのに、私は帰国してしまった」

話しているうちに彼女の目に涙が浮かんできました。成就しなかった真実の恋は、いつまでも心に残るものなのでしょう。

フィンランドに帰国したアンニッキさんは、小学校の先生となり、結婚して子供も生まれました。

ついに昨年、娘と一緒に再び日本を訪れたそうです。
「日本は本当にすばらしかった。でも、彼の故郷・タカツキには行けなかった。そこに行ってしまうと涙が止まらなくなるだろうから」

かわりにグーグルアースで高槻の街を見ているそうです。

1970年代、日本とフィンランドは地球の正反対。今とは違って、気楽に行き来できる距離ではありませんでした。
外国人との恋はどんなに真剣でも、越えられない壁があったのでしょう。

セイナヨキではアンネの友人の日本人女性とも知り合いました。フィンランド人男性と結婚し、複雑きわまりないフィンランド語もマスターし、当地にしっかりと根を下ろして暮らしています。
彼女のブログです。
http://visitlakeus.blog.fc2.com/

さまざまな人生が交錯し、偶然なのか必然なのか、新しい出会いがあります。
旅に出るたびに、こうして生きていることが奇跡のような気になります。

アンネは自分の一族のルーツを調べて家系図を作ろうとしています。
アンニッキさんは教師のかたわら、地元の歴史を調べ、本にまとめました。一度は異国で暮らすことを考え、結局は祖国を選んだことから、自分が暮らす地について探求したくなったのではないでしょうか。
アンネはアンニッキさんの本をネットで注文して入手していました。


アンニッキさんが書いた郷土史の本。アンネ所蔵。表紙の色が伝統的な農家の壁の色と同じ赤茶色なのも、彼女の郷土に対する愛情を感じさせます。

私がアンニッキさんとすっかり話し込んでいるので、アンネも加わって自己紹介し、二人がすでに接触があったことがわかりました。
「どうしてあなたは、特別な人を引き寄せることができるの?」とアンネにおどろかれましたが、意識してやっているわけでなく、目に見えない力に動かされているとしか答えようがありません。