翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

「中空の竹」になりたい

エリザベス・ギルバートについて書いたら、kamomeskyさんが創造性についてのTED Talkがおもしろいと教えてくれました。
www.ted.com/talks/lang/ja/elizabeth_gilbert_on_genius.html‎

西宮で英語教室を開いているkamomeskyさんと知り合ったきっかけは、スーザン・ケインの内向性についてのTED Talk。ほぼ同じ時期にブログで書き、おとなりブログとして紹介されてから、お互いのブログを読むようになりました。NHKラジオの実戦ビジネス英語のフリートークを書き起こしてくださるので、とても助かっています。

エリザベス・ギルバートのTED Talkには、一気に引き込まれました。
世界で800万部を売り上げたベストセラー「食べて、祈って、恋をして」は、自分探しの1年間の旅が描かれています。単なる旅行記のようでいて、読ませるための技巧が随所にちりばめられています。

私もライターですから、すばらしい文章を書くことを目標に20年以上書き続けてきました。小説家や詩人ではなく、取材したものを割り当てられたページの文字数に合わせて書くという作業が多いのですが、どんな言葉を選び、どういう流れにするかを考えるために創造性が必要です。
おもしろいものが書けるのは、自動書記みたいな状態になったときです。パソコンのキーボードを叩いているのですから、意識はあるのですが、書くべき内容が自動的に私の体を通してディスプレイ上の言葉になっていくような感じです。
昔、書いた雑誌の記事を見つけて、読みふけり「うまく書いているな」と感心して、「あ、これ、私が書いたんだ」と気がつくことがあります。記憶力が減退しているだけかもしれませんが、四苦八苦してようやく文字数を埋めたあまり上手とはいえない原稿は、自分が書いたとすぐ思い出せます。

だからエリザベス・ギルバートが創造性は個人の中から生まれるのではなく、精霊なものによってもたらされると語ったとき、そうなんだ、と膝を打ちました。
古代ギリシャ人は精霊を「デーモン」、ローマ人は「ジーニアス」と呼びました。

詩人のルース・ストーンは、バージニアの田舎で畑仕事をしていると詩の到来を感じるそうです。
それは強風のようなもので、彼女に向かって突進してきます。急いで走って家に帰り、紙と鉛筆を手に取り書いていけば、それが詩になります。あるときは間に合わず、体から詩が抜けてしまったことがあります。風は次の詩人を探して行ったと彼女は言います。

そしてミュージシャンのトム・ウェイツ
LAのフリーウェイを飛ばしていたら、突然、曲が舞い降りてきたのです。しかし、紙も鉛筆も、テープレコーダーもない。「今、運転しているのがわからないのか? 出直して来いよ。それか他を当たってくれ。レナード・コーエンにでも」と天に向けて呼びかけたそうです。

エリザベス・ギルバートのこれらの話を聞いて、ボブ・ディランを思い出しました。
名曲Every Grain of Sandについて、「あれは直感から生まれた曲、むこうからぼくのところへやってきた曲だ。どこかほかのところからことばがやってきて、それをただ紙に書いているような気がした。だからそれを逃さないようにした」と語っています。
ディラン先生のミネソタ時代からの知り合いが「あいつはニューヨークに行って、天才的に曲を作るようになった。悪魔と取引したのかもしれない」と語っていましたが、悪魔ではなく、創造性をもたらす精霊と出会ったのでしょう。

ライターやミュージシャンだけでなく、占い師も同じです。
友人の占い師・優春翠は、鑑定のお客様を前にして、どこからそんな考えが浮かんだのかまったくわからないけれど、無意識のうちに言葉を発することがあるそうです。そして、そういうときほど当たる。
優春翠は「まるで自分が土管みたいになって、何かが通り抜けていく」と表現しますが、ラム・ダスはHOLLOW BAMBOO(中空の竹)と呼んでいます。

詰まらせることなく、通りをよくするにはどうすればいいのでしょうか?
優春翠の言葉にヒントがありました。
「占いを当てて、お客様に『すごい』と思われたい。そういう気持ちになると、土管は詰まって、言葉が降りてこなくなり、はずしてしまう」
上手な原稿を書いて、編集者や読者にほめられたい。そんな承認欲求を手放せない私は、修行が必要です。