翡翠輝子の招福日記

フリーランスで女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)を担当し、リタイア生活へ移行中。2023年8月下旬からスペイン巡礼へ。ウラナイ8で活動しています。日本文芸社より『基礎からわかる易の完全独習』刊行。

マイヤちゃんのはじめてのおつかい

カウチサーフィンでフィンランドの女の子、マイヤをホストしました。

猫とヨガが好きな26歳。写真を見ると、いかにも北欧の女の子といったかわいらしさです。
アキ・カウリスマキの映画が好きだというのでホストすることにしました。フィンランド人全員がカウリスマキのファンではなく、「あまりにも風変わりだ」と嫌いな人もいるのです。
映画「ロスト・イン・トランスレーション」「レンタネコ」「ももへの手紙」を観て日本に興味を持ったそうです。

先月、ホストしたスザンヌとは、ヘルシンキに帰国した後も交流が続いています。
「あなたをホストした体験がすばらしかったから、またフィンランドの女の子をホストすることにした」とメールしました。
「ほめてくれてありがとう。だけど、一つ言わせてもらえれば、私はフィニッシュ・ガールじゃなくてジャーマン・ガールです」

そうでした。
スザンヌはドイツ人で、フィンランドが好きになり、両親を説得して単身ヘルシンキへ。フィンランド語をマスターし、仕事も得て自活している苦労人。同じ年のマイヤちゃんは一応働いてはいるものの、カウチサーフィンのプロフィールには「眠るのが大好き」とあり、あまり勤勉そうではありません。

スザンヌはすべてに行き届いていて、メール交換でも話題が豊富で、実際に会うまでにお互いのことがかなり理解できました。
マイヤちゃんはメールを返してくるものの、ぽそっと短い文面が届くだけで、話のつなぎようがありません。
たとえば、「あなたはビーガン(最も厳しいベジタリアン)だとプロフィールにあるけれど、卵も乳製品も食べないの? 日本には豆腐や納豆とかベジタリアン向きの食材がたくさんあるから大丈夫だと思うけど」とメールすると「旅行中はそんなに厳しくしない」とだけの返信。
メールではあまり交流できず、マイヤちゃんの到着の日がやってきました。

私は駅の近くに住んでいるので、カウチサーファーとは外で待ち合わせはせず、最寄の駅についたら電話してもらい、迎えに行くことにしています。
成田到着が午前10時頃だから、入国審査や携帯電話の契約をして、駅に着くのは昼過ぎかと踏んでいたのですが、夜になっても電話がありません。

もしかして、すっぽかされた?
カウチサーフィンの体験談を読むと、複数のリクエストを出して、より条件のいいホストが後から見つかると、先に承諾してもらったホストをキャンセルするサーファーもいるそうです。
マイヤちゃんはそんなことをするタイプには思えません。それにカウチサーフィンのサイトで「彼女は約束した日に連絡もなく現れなかった」とうネガティブな評価を書かれたら、今後、ホストを見つけることはむずかしくなります。

まさか日本で事件に巻き込まれた?
成田に到着したばかりで大きな荷物を持った外国人の女の子をどうにかするのは、目立ちすぎます。
成田空港のフライト情報をチェックすると、ヨーロッパからの便はすべて着いています。忘れ物をして出国できなかったのか?


マイヤちゃんから「駅に着いた」と電話があったのは、翌日の午後2時でした。
「昨日はどうしてたの? ずっと待っていたのよ」
「昨日?」
「あなたのリクエストには、月曜日に着くって書いてあったでしょう? 今日は火曜日よ」
「あー、ごめんなさい、間違えたみたい。日本に着いたのは、今日です」

ともかく駅に迎えに行くと、しょぼんとしたマイヤちゃんがいました。
これまでヨーロッパは旅行したことがあるけれど、初めてのアジア。出発日をそのまま到着日だと誤解していたのでしょう。
「本当にごめんなさい、日を間違えて…。東京はヘルシンキとまったく違って、すべてがあまりにも複雑。それに飛行機の中で全然、眠れなかったの」
こんな疲れきった若い女の子をいじめてもしかたがありません。
フィンエアーよりルフトハンザのほうが安かったので、ヘルシンキからの直行便ではなく、ミュンヘン経由で成田に飛んだそうです。それは消耗するでしょう。
「誰にだって間違いはあるから」と家に連れて帰り、お腹はすいていないというので、布団を敷いて眠らせました。

夜になって起き出して来たので、ベジタリアンメニューとして、冷奴、きのこのサラダ、野菜のカレーを出しました。日本食にあこがれていたと、おいしそうに食べてくれます。
マイヤちゃんからのお土産は、フィンランドの絵葉書やペン、お菓子。メールでは素っ気なかったけれど、けっこう話は弾みます。

レニングラードカウボーイズの「トータル・バラライカショー」を見たことがないというので、一緒に観賞。マイヤちゃんは当時、6歳。日本人が海外のお宅で平成4年の紅白歌合戦を見せられるようなものでしょうか。
「どうしてヨレ・マルヤランタが好きなの?」とマイヤちゃん。
「私は声でミュージシャンを好きになるのよ。素敵な歌声でしょ」と私。こうしてフィンランドの若者にヨレ・マルヤランタのすばらしさを啓蒙しています。


月・火と二泊する予定が1日ずれて火・水となり、旅立つ木曜日。
神妙な顔をして「本当に、こんなに親切にしてもらって、どうやってお礼を言ったらいいのかわからない」と言い出します。

「お礼を言いたいのなら、アイルランドの人に言うべきね」と、私は昔話を始めました。

「私も若い頃、あなたみたいに一人で海外を旅したの。アイルランドに行ったのだけど、その頃はカウチサーフィンなんてなかったから、泊まったのはB&Bやホステル。アイルランドの人はとても親切で、パブに行けばしょっちゅうギネスをご馳走になった。お礼にギネスをおごり返そうとすると『いいんだよ、東京に帰ったら、外国人に一杯の酒をおごれば、それでいいから』って、私にお金を使わせないの。ダブリンで泊めてくれる人もいた。見ず知らずの人の家に泊まるなんて危険だけれど、40代のちゃんとした夫婦だったから、大丈夫だと思って。客用の寝室がある大きな家で、アイルランド料理を出してもらい、とても親切にしてもらったのよ。この経験があるから、私はカウチサーフィンで、あなたみたいな若い旅行者を泊めてあげたいと思ったわけ」

マイヤちゃんは目を少しうるうるさせながら聞いてくれました。私は話を続けます。

「だから、ヘルシンキに帰ったら、外国からの旅行者に親切にしてあげてね。それが私への恩返し。あなたは日本に興味があるから、リインカーネーション(輪廻)って言葉を知っているでしょう? これは言わば、善意のリインカーネーションみたいなもの」

その後、出発前に買い物があるからと、マイヤちゃんは近所の商店街へ。
買ってきたのは、ピンクの花とイチゴ。
「さっきの話はよくわかったけど、とにかくこれをプレゼントしたくて」とマイヤちゃん。

私は子育ての経験はないのですが、初めて子供から母の日のカーネーションをもらったら、こんな気持ちになるのでしょうか。


我が家から旅立つ日のマイヤちゃん。日本滞在は4週間。京都で2週間滞在し、東京に戻ってくるので、また会えるかもしれません。