翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

生者のための恐山

東日本大震災から2年を迎える前日の3月10日、朝日新聞朝刊。
大きな津波被害を受けた宮城県南三陸町の「いつよおばあちゃんの復刻かりんとん」が紹介されていました。

佐藤のり子さんは、津波で義理の両親である猛さんといつよさんを亡くしました。

のり子さんといつよさんは、嫁しゅうとめの問題は一切なく、常に気遣ってもらいながら円満に暮らしていたそうです。
猛さんがぜんそくで入院したため、震災で津波が起こったとき、いつよさんは病院にいました。
看護師さんに「避難して」と呼びかけられても、半身不随のおじいさんにしがみついて離れず、二人ともそのまま帰らぬ人となりました。

猛さんの入院は、医師とのり子さん夫婦で決めたものだったので、のり子さんは「自分が殺した」と強い自責の念を抱き、食欲もなくなり一時は15キロもやせたそうです。

昨年6月、のり子さんと夫は青森の恐山に出かけ、いたこに口寄せをしてもらいました。
「本当におらだちに尽くしてもらって、ありがとな」という言葉を聞き、気持ちがかなり和らいだそうです。そして、いつよさんがたまに作って近所の人にふるまっていたかりんとんを町に新しくできる直売所に出品することになったのです。


恐山の口寄せ。
10年ほど前の夏に体験しました。
恐山には、いたこが常にいるのではなく、年に数日間だけです。
地元のタクシーの運転手さんの話によると、お昼頃だと何時間も待つことになるので、早朝に行ったほうがいいとのこと。むつ市のホテルを朝6時ぐらいに出発しました。

いたこは5、6人ほどいて、すでに数人ずつ並んでいます。プライバシーも何もなく、自分の順番が近づいてくると、前の人の口寄せもすべて聞こえてきます。

私の前は、60代ぐらいの男性でした。
奥さんが突然、亡くなってしまい、どうしても納得ができないと訴えます。
「毎日欠かさず墓参りにも行ってるけれど、寂しくてたまらない。ここに来れば会えるかもしれないと思って、横浜からやって来た」と話しているうちに涙声に。うしろで聞いている私も、もらい泣きです。

いたこの声も後ろまで筒抜けです。方言がきつくて、わからないところもあるのですが、「よくここまで来てくれた。ご苦労様、うれしい。気持ちは十分わかったから、墓参りは毎日じゃなくて月命日だけでいい」という内容が繰り返されていました。
それを聞いて男性は号泣。そして、少し晴れ晴れとした表情でその場を離れました。

いたこが本当に死者の霊を呼び寄せているのか。
そんなことはどっちでもいいんじゃないかと思いました。
この男性は、恐山まで来ることで、気持ちの整理がついたのではないでしょうか。


私は好きだった母方の祖母を口寄せしてもらいましたが、「仕事を一生懸命やれ」という現実的なアドバイスでした。
しかし、私が働いていることは、いたこに告げていません。男性の前の女性は専業主婦らしく、「ご主人を立てて、家をきっちり守れ」みたいなことを言われていました。そのあたりは、はずさないのでしょう。

口寄せに限らず、占いだって、「そんな非科学的なものを信じるな」と頭から否定する人もいます。
でも、長い人生を生きていれば、理屈では割り切れないものによって救われることだってあるはずです。

恐山は死者だけでなく、生者のための場所でもあるのです。