翡翠輝子の招福日記

本業は女性誌の原稿書き(主に東洋占術と開運記事)。副業で外国人に日本語を教えています。フィンランドが大好き。

人と人がわかりあうむずかしさ

中野スオミ教会のフィンランド語講座に通い始めて半年になろうとしています。

先週土曜日の講座は、「私は○○を持っている」という所有文。
英語や日本語では「I」「私」という主語自体は変わりませんが、フィンランド語では私(Minä)が所有文になると、Minullaに変わります。
Minä olen japanilainen. 私は日本人です。
Minulla on kamera. 私はカメラを持っています。
Minulla on kiire. 私は忙しい(私は忙しさを持っている)。

教科書にはこんな例文が載っています。
「あなたはいくらお金を持っていますか?」
「ちょっと待って…。非常に少ないお金しか持っていません。たった17マルカしか持っていません。あなたはいくら持っていますか?」
「私もたくさんは持っていません。たった25マルカです」
「合計して42マルカ。少なすぎて、十分ではありません。チケットは1枚50マルカもします」
「ペッカはいつもたくさんのお金を持っています。たぶん今も持っているはず」
「彼はここにいますか?」
「さっき、あの大きな机の近くにいました。彼は今、そこにいないけれど、どこかにいるはずです」

これって、ペッカをカツアゲする相談?
チケットは二人で100マルカだから、ちょっと足りないというレベルではありません。あまりの内容に呆然としてしまい、文法の説明は、どうでもよくなりました。

この日は、カウチサーフィンで知り合ったヨレ・マルヤランタのファン、キョウコさんがホストしたフィンランド人旅行者二人と中野で会いました。

早速、テキストを見てもらい「フィンランドでは、こういう会話を日常的に交わしているの? それとも文法を学ぶための不自然な内容?」と質問。

ゲームクリエイターの二人は20代。
まず「マルカって、いつの時代なんだよ」と苦笑。
フィンランドは1999年以降はユーロが公式通貨になっています。若い彼らにとっては、マルカは古語なんでしょう。

「じゃ、お金の単位はユーロにするとして、フィンランド人はこんなにストレートにあなたはいくら持っているか質問したり、お金のある人にたかろうとするの?」
「うーん、こんな会話はしないね」とA君。
しかしB君は「いや、僕ならするね。人に出してもらおうとは思わないまでも、予算は大事だから」。

たしかに。
日本人同士でも、考え方がまるっきり違い、理解できないことだってあります。
それなのに、「フィンランド人だから」と一括りにしていました。

別のフィンランド人からは「フィンランド人がみんなカウリスマキの映画を好きなわけじゃないよ。奇妙で変わっているから嫌いという人もいっぱいいる」という話を聞きました。

まさにその通り。日本人だからといって全員が相撲や歌舞伎、エグザイル、AKB48が好きなわけではありません。


フィンランドの若者二人は、ドラゴンクエストファイナルファンタジーも知っていて、夜はスクエアエニックスのイベントに出席するために去っていきました。

同じ国民でも、人と人がわかりあうのはむずかしい。
国境を越えたら、それはもっとむずかしくなるのでしょうか。あるいは、先入観をなくせば、日本人同士よりストレートにわかりあえるようになるのでしょうか。
世の中は、わからないことだらけです。